それと同じ仕事をしてたのがK男。
K男は結構イケメンで性格も明るく、生徒たちには人気があり、私たちの間でも評判が良かった。
そしてある日、私はTさんに「ちょっといいかな」とトイレに呼び出された。
(なんだろう?)
そう思ってついて行ったんだけど、洗面台に手をついてずっと喋らないTさん。
話しかけても俯いたまま・・・。
そして、ようやく話し始めたと思ったら・・・。
「私、好きな人が居るの・・・」
うっとりした瞳で、「愛に年齢って関係あるのかな、やっぱり・・・」とか言う。
ちょっと興味持ってしまった私は、「あの、相手は・・・?」と聞いたら、「K男君なの・・・。どうしよう、私、この気持ち止められない」と泣きだした。
Tさんは芸能人で言うと赤木春恵。
春恵の目つきを悪くして、もっと頬を垂れさがらせた顔。
身長は150cmちょっとで、たぶん体重は7、80キロはあるかな・・・。
モロおばさん体型で、胸、腹、下腹と段々になってる。
性格は、姑ってこういう感じなのかなぁ・・・としみじみ思う感じ。
機嫌が悪いと(これがまたしょっちゅうなんだわ)ネチネチ嫌味を言ってくる、すごく恐ろしいおばちゃん。
だから私もその時はきっと嫌味を言われるんだと思ってた。
私の手を取り、「ねえ、どう思う!?やっぱり無理かな!?」と迫ってくる。
「えーっと・・・あ、でもK男さんって彼女居ますよ・・・」
そう言うとすごくショックを受けた顔をして泣きだした。
(どーしよーー誰か助けてーー)
そう思いつつもTさんを慰めていたら、K男君の彼女のことを凄い勢いで聞かれた。
「えーっと、たしかK男さんの彼女は年上で・・・」と言ったら顔を輝かせて、「K男君って年上の女が好きなんだ!!」とはしゃぎだした。
「あ、でも年上って言っても彼女さんが一浪して入学したから一個上で・・・」
「きゃー!嬉しいーー!」
「美人でちょっと松嶋奈々子似の・・・」
「じゃあ私にもチャンスはあるってことよね!!私、頑張っちゃう!!」
「すごくスレンダーで・・・」
「あー、今日三越に寄っていこうっと!口紅と洋服買って帰らなきゃ!明日、K男君にお弁当作ってあげよっと!一人暮らしじゃあんまりいい物食べてないよね!」
「あ、あのK男さんは実家ですけど・・・」
「おかず何がいいかなぁ!?あ、でも、いきなりそんな事したらはしたない女って思われちゃうかなあ!?」
聞いちゃいねぇぇぇぇぇぇ!!!
そしてベアハグされて、「ありがとー!元気出ちゃったーーー!!」とルンルンでトイレを出ていった。
私は便器に座って、(どうしよう・・・)としばらく考え込んでしまったが、(ま、いっか!!)と放置決定。
そして次の日、Tさんはエライことになっていた。
塗装のような化粧、ショッキングピンクの口紅、ひらひらレースのチュニック、ミニのフレアスカート・・・。
そして普段は、「ハイ、おはよう」と貫録たっぷりにあいさつするのに、「おっはよー^^」と甲高いだみ声で化粧にヒビが入りそうな笑顔。
実際かなりヒビ入ってたけど・・・。
事務員さん達は神妙な顔で、変な雰囲気。
Tさんはそれに気がつかず、私に意味ありげにウィンクしてきた。
愛想笑いして逃げようとしたら追いかけて来て、またトイレに連れ込まれ、「ねぇ、これっ!どう?うふふ」とクルクル回りだす。
「ああ・・・良いと思います。あの、もうすぐ授業なんで・・・」と言って逃げた。
Tさんはうっとりと鏡を見ていた・・・。
授業を終えて、変な雰囲気の事務室に行き、報告書を書いていたらK男さんが入ってきた。
K男さんも空気がおかしいことに気付いており、私に何か問いたげな目を向けてきた。
だけど、私が何か言う前にTさんが、「K男くーーん!」とやって来て・・・。
「はい、コーヒー!スキでしょ、ウフッ!」
目をパチパチしながら・・・。
「チューターさんには出さないんだけど、と・く・べ・つ!」
K男さんは唖然としていたけど、「あ、すみません・・・」と受け取った。
「お砂糖とミルクは?K男君の好み知りたいな!」
「ブ、ブラックで・・・」
「ええー!すごーい!かっこいいー!私、お砂糖たくさん入れないと飲めないのぉ」
正直、(うぉーー!なんだこの人おもしれぇ!!)とか思ってしまった。
当然その日のうちに噂が広まり、数日のうちに生徒さん達も知ることになった。
Tさんの行動はエスカレートし、K男さんが居る教室の前でじーっと見つめたり、デートに誘ったり、お弁当を渡そうとしたりしていた。
そしてまたTさんにトイレに連れ込まれる私。
泣きながら・・・。
「やっぱり私、恋しちゃいけなかったのかなぁ!遠くから思ってるだけでもダメなのかなぁ!」
聞けば上司からは散々怒られるわ、生徒たちから「キモババァ」と言われるわ、おまけにK男さんに「迷惑です!」と弁当を突っ返されるわで、Tさんは大変なショックを受けていた。
結局K男さんはバイトを辞め、Tさんは「これ以上問題を起こしたらクビ」とまで言われたらしい。
K男さんが居なくなって激しく落ち込んだTさんはある日凄いことをした。
ある書類の署名欄に『K山T子』と書き(『K山』はK男さんの名字)、『K山』というハンコを押して上に提出したそうで、上司にがっつりシメられたらしい。
信用第一の客商売なのに、なんでクビにしないのか不思議だったけど、何と言ってもTさんは勤続何十年のベテランということもあって色々難しかったらしい。
そしてまた私はトイレに連れ込まれ、Tさんは「ここ辞めたらもう障害はないよね?もう・・・いいよね・・・」と悲劇のヒロインに。
「いや、やめた方がいいと思いますが・・・」
と、私は進言したものの、相変わらず人の話をまるで聞かないTさんは、「彼が大学卒業したらもう一回頑張る!」と鏡の中の自分に向かって励ましていた。
ここまで来たらもう面白いとか言ってられなくって、私も講師の先生に相談。
「とりあえずこの件にはもう関わらないようにして、あとは自分たちに任せて」と言ってもらってホッとしていたら、数ヶ月後、腕がもげそうな勢いでTさんに掴まれ、またトイレに引きずり込まれた。
最初はワンワン泣いてるばかりで話にならず、(今のうちに抜け出して誰か呼ぼうか・・・)と思っていたら、Tさんがまたガシッと私の腕を掴んできた。
そして・・・。
「K男君が・・・K男君が・・・うわぁぁーー」
無事大学を卒業したK男さんはかなり遠い県で就職し、もう地元にはいない。
実はこれ皆知ってたんだけど、K男さんを無事脱出させるため、Tさんを刺激しないように地元で就職ってなことをさりげなく聞かせてた。
そして、その次の月にTさんは退職した。
「私の最初で最後の恋なの。諦めきれない。会えなくてもいい。せめて近くで、同じ空の下にいたい・・・。同じ空気を吸いたい・・・。彼を感じていたい・・・」
そう言って、K男さんが就職したのとは全く違う県に引っ越していった。
ホントはK男さんが就職したのは大阪(仮)だったけど、名古屋(仮)って皆で口裏合わせしてたもんで・・・。
なぜ私がここまで気に入られたのか分からないけど、とにかく引っ越していってくれて助かった。
老いらく(まではいかないか)の恋はすごいね。
しかもストーカー気質だとホント怖い。
あれから7年経つんだけど、K男さんは無事だろうか・・・。