この富紀子さんというパートさん、とにかく自分より若いパートさんへの悪口が酷く、パートさん達の関係は最悪でした。
どうにかならないものかと、私はパートリーダーに相談しました。
「富紀子さんは10年近く前に早々に旦那さんを亡くし、一人息子さんも大学進学を機に一人暮らし。更年期、欲求不満、寂しさがあることを私は知ってるから、富紀子さんに強く言えない」
と、パートリーダーから言われました。
作業効率上がらないし、なんとかしなきゃの一心で、私は腹を割って話そうと、富紀子さんを仕事が終わったあとに呼び出したんです。
リーダー格さんから、「富紀子さんは◯◯(私)のこと相当お気に入りみたいだから、うまく話せると思う」との助言もありました。
あと、私は結構ポチャデブ系好き、のちに妻になる、当時遠距離恋愛してた妻もポチャでしたから、もしかしたらの期待も多少ありました。
最初はとにかく仲間をボロクソに言うだけだった富紀子さんでしたが、私は我慢強くそれを聞いていました。
そしていい加減、悪口も言い疲れたのか、「これからはちょっと態度を改めます」といった主旨の回答を導けたところで、私は富紀子さんを自宅に送りました。
「良かったらお茶でもしていって」
そう言われたので、富紀子さんの自宅に上がらせてもらいました。
亡くなった旦那さんの仏壇も拝みました。
寂しい家が丸出しといった感じで、余計な物がないんです。
(この家に一人か~)と思いました。
普段富紀子さんは人に弱いところを絶対見せない人でした。
でもそのとき、私の話に素直に「寂しい」と言いました。
「欲求不満?」みたいな質問を投げかけると、普段強気の富紀子さんは、太った身体を丸め、縮こまるみたいな格好で、耳まで真っ赤にしてました。
「う~ん、そうなのかも、かな?」
そんな歯切れの悪い富紀子さんも初めて見ました。
俺はちょっと富紀子さんに迫ってみました。
戸惑った様子を少し見せました。
でも富紀子さんは富紀子さんでした。
仏壇の扉をパタッと閉めました。
「やるんなら風呂くらい入らなきゃ失礼」
そう言われました。
広い家の割には風呂は狭く、別々に入ると、富紀子さんは身支度を整えて、私の風呂上がりを待ってました。
ベージュの下着、たぶん持っていた中であれが一番だったんでしょうね?
「こんなおばさんに気ぃ使ってもらって、ありがとね」
最初にお礼を言われ、富紀子さんは下着を外しました。
ブラジャーを外すと、ダランと乳房は下に落ちるかな?と思っていたら、それが意外と落ちなくて、ボコンと前に出てる。
と言うより、お腹があるから下に落ちないだけ、でした。
寝かせると雪崩のように乳房が崩れました。
乳首はすぐ硬くなり、富紀子さんも気持ちよさげな声。
ただ、身体は反応を見せるものの、核心部分の準備が整わないでいました。
それに気づいた富紀子さんは、自分で触りながら言いました。
「10年以上渇きっぱなしだから、ダメかな・・・」
でも時間をかけてしていたら、私の唾液以外のヌメリが明らかになってきました。
「その調子」
富紀子さんの身体は少しずつ、受け入れ態勢を整えていって、やっと完了。
始めてから既に40分近くが経過していたと思います。
私はゆっくり、富紀子さんの中に入っていきました。
はっきり言って、締まりはよくありませんでした。
でも調子が上がってきた富紀子さんの乱れに乱れた姿、濡れるのに時間かかった割に、事が始まると知らぬ間にシーツは染みで濡れてるし、締まりより富紀子さんの乱れ方に興奮して、私は果てたのです。
翌日も仕事だったため、富紀子さんには「もっと!」とせがまれましたが、一回で帰宅しました。
次の日、職場で会った富紀子さんは、いつもの高飛車、ギスギス、横柄な態度が少しだけ丸くなっていたような気がしました。
約一年半、私の出向任務が終わるまで、だいたい週一くらいで富紀子さん宅に通い、セックスしました。
私の出向任務が終わる頃には、完全ではないにしても、パートさん達との仲も改善されました。
いつもポツンと一人食べていたお昼も、みんなとテーブル囲えるくらいになったし、彼女には女性同士の更年期に対する理解もあり、じょじょに仲間が増えていった富紀子さんでした。
最後に一言。
亡き富紀子さんの旦那さんへ。
必ず富紀子さんが仏壇の扉を閉めていたとはいえ、仏壇の前で毎回毎回、あなたの奥様を抱いたことをお許しください。



