なんじゃこりゃ?と思っていると廊下から教師の罵声と男女生徒の声。
翌朝聞いてみると、男女生徒が同じ部屋で喋っていたり、カップルで勝手に空き部屋を使っていた者などが全員捕まり、ロビーで2時間正座させられたとのこと。
俺は、彼女の真美のことが心配になった。
昨夜は半数近くの生徒が正座させられたというではないか。
真美とは付き合い始めて1年ちょっと。
小柄で、そんなに美人というわけではないが、可愛いのとまじめなのが取り柄。
俺も真美も進学志望なので、まだキスとか、服の上から体を触るくらいの付き合いしかないが、自分のために時間を割いてくれて、自分のことを想ってくれる人がいるだけで気持ちに張りが出る。
休日のデートは、図書館で勉強してから映画や買い物など、高校生らしく過ごしている。
双方の家に遊びに行くなど、親も認めているので、かえって変なことはできない。
合格するまでは・・・。
2日目もバスで連れ回されたあとはお土産タイム。
生徒が土産物屋に溢れている。
そこで真美と話をすることができた。
昨晩のことを聞くと、真美の部屋に男子が入ろうとしたところを生活指導のババアに捕まって連れて行かれたそうだ。
俺もセーフだったと言い、お互いほっとする。
「ねえ、二人きりで話とかしたいね」
「ダメだよ。先生、今夜も巡回するって言っていたよ」
「ここまで厳しくされると、逆に逢いたくならない?」
そう、今こうやって二人でいるだけでも、通りかかった友人たちが冷やかしていくので落ち着いて話せない。
(当時、携帯電話は高校生の持つものではなかった)
真美は、意外な作戦を考えてくれた。
翌朝5時、まだ薄暗い時間。
俺はロビーに降りると・・・、トレパン姿の真美が座って待っていた。
「ほらね、誰もいないでしょ」
玄関の外では従業員が掃き掃除をしていて、「おはようございます、行ってらっしゃいませ」と声をかけられ、妙に照れくさい。
旅館が見えなくなると手を繋いで、歩いて3分ほどの湖畔に着いた。
朝もやが湖を覆っており、幻想的で美しい。
俺は真美を抱き締めた。
真美も俺の胸に顔を埋めている。
さらさらとした髪が指にまとわりつき、手のひらで感じる背中の感触が柔らかくて温かくて、自分の彼女と触れ合っていることを実感できる。
「ねえ、ケンジ?」
「ん?」
「せっかく二人きりになれたのに、ジャージじゃ全然ムードがないね」
「仕方ないよ」
「やっぱり、綺麗な景色の前では自分の好きな服、着たかったな・・・」
真美が顔を上に向けて目を瞑った。
俺は優しく唇を合わせる。
ひんやりと、ぬるっとした感触。
真美が鼻で呼吸するのが間近で聞こえる。
真美を抱き締めながら、しばらく唇を合わせた。
そこに人が近づいてくる気配がしたので慌てて唇を離すと、「おうっ、おはようっ」と男性の大声がした。
振り向くと・・・生活指導の体育教師だった。
朝のジョギングをしていたらしい。
俺たちは呆然と教師を見つめた。
「おい、挨拶は?」
「せ、先生、おはようございます」
真美の顔が真っ青になり、俺の後ろに隠れて震えている。
「何も怖がらなくてもいいじゃんか。俺は生活指導ではなく、ジョギングしていただけなんだから」
体育教師はにこにこしている。
「・・・」
「ケンジ、真美、上手いこと考えたな。朝のデートなんて。俺、こういうの気に入ったよ。朝飯までには宿に戻れよ」
そう言うと、手を振りながら朝もやの中に消えていった。
「よかったね、怒られなくて」
「うん」
俺たちは手を繋いだまま少し話をして旅館に戻った。
・・・数年後。
「ケンジ、起きて」
俺は真美に揺り起こされた。
朝の5時前てある。
「なんだよ、まだ眠いのに」
「ちょっと散歩行こうよ」
真美はお気に入りのドレスを着ていて、気合いも十分。
俺も着替えを急ぎ、ホテルを出て数分歩くと・・・。
「まあ、ホテルの人が言う通り、朝もやが綺麗ね。あの時のことを思い出すわ・・・。先生、どうしているのかなぁ?」
俺たちは、ハネムーン先である緑豊かなカナダの湖畔で、いつまでも湖を眺めていた。