でも今日は、1回目の電話で終わる確信があった。
案の定、俺が駅に着いたと伝えると咲は、「荷物の準備がまだあるから」と帰宅後の電話を断り、もちろん俺もそれを了承した。
駅になんて着いちゃいない、咲の部屋へ車を飛ばしてた。
俺は咲の部屋の合鍵を持っていなかった。
単純に必要なかったし、唯一のスペアキーは咲の実家に置いてあり、それがあれば十分だったからだ。
いつかみたいに郵便受けから中の様子を窺う。
電気は点いている。
音がイマイチ聞こえなくて、あの男がいる証拠は掴めなかったけど、部屋にいるならもう引き返せないと思った。
理想を言えば、あの男がなにか仕掛けてきて、それを裏切るような形で騙し、さらにセックスの最中にでも飛び込む。
なんてのがいいなぁと考えたりしていたんだけど、実際は鍵はないし、自分から会いに来ちゃうし、いつ始まるのかわからないセックスを待つにはあまりにも寒いしで、(もう、どうにでもなれ~)的な感じで、あの日には押せなかったインターホンを押したんだ。
返事はない。
けど、ドアの向こう側に気配は感じる。
(覗いてるな)って気付いていたけど、隠れたりはしなかった。
20秒くらい待って、もう1度押す。
するとドアの向こうから咲の声がした。
「どうしたの、なんで来たの?」
すぐに鍵を開けない時点でビンゴって思った。
俺「話があってさ、開けてよ」
咲「違うの、今ちょっとね」
なんて言い掛けたところで、埒が明かんと思い・・・。
俺「もういいんだ、全部知ってる。中の男に話があるから、とりあえず開けて」
しばらく無言だった。
中で男と何かやり取りしているのかもなんて考えてたら鍵が開いた。
咲の奥で鞄を持って、あの男が立っていた。
(うわ、こいつ帰る気だ)って、ちょっと驚いたよ。
咲が、「知ってるって何?」みたいなことを言ったけど、無視して玄関に入り、男の名前を言ってやった。
出来るだけ笑顔で、紳士的に、余裕があるように見せたかった。
「◯君だね?」
言った瞬間、男がピクッと反応したこと。
一瞬、咲が『は?』って感じになったことに気付いてはいたけど、この時はそのまま続けた。
全部調べたから、今さら逃げたりしても無駄だってこと。
咲とは婚約関係で、今、弁護士に相談して慰謝料の請求をする準備をしていること。
今後、俺や咲に何かしたら、慰謝料の額に影響するから、なんてこと。
単純に奴をビビらせる為だけの嘘だった。
悔しいけど、男女関係のトラブルなんてこんなもんだ。
だから俺は、大嘘でもハッタリでもほんの束の間でもいいから、せめて奴をビビらせてやりたかった。
奴の嫌がりそうな所をネチネチついてやりたかった。
ま、結果的に言えば、これは意外にも効果的だったようで、後日男の方から連絡が入り、話をすることができた。
結局、ずっと玄関先で話をしていた。
途中、咲が口を挟もうとしたけど、婚約の件でなんか言われると面倒だと思って俺が制した。
最終的に男は無言になり、俺は伝えることは全て伝えたからねと念を押して、「後は咲と話があるから」とドアを開けて男に出て行くように促した。
すれ違う時、「そういえば、あの子(同棲女)はこの事を知ってるの?」と聞いたら、凄い顔で睨まれた。
正直、ちょっとビビったのは内緒だ。
部屋に入って、いつも俺が座る場所に腰を下ろした。
咲はまだ玄関に立ったままだった。
中の扉は開けていて咲の姿が見えていたけど、何を言いだすのか楽しみで、俺はあえて黙っていた。
このあたりまでは、だいたい予想通りの展開だった。
でも咲の最初の一言は予想外なものだった。
「あいつ、◯って言うの?」
声が震えていた。
俺「は?」
咲「名前だよ。ねぇ、調べたって何?」
俺「あぁ、悪いけど興信所を使ったよ。あと住所とかも全部調べたよ」
言った後、咲はその場にへたりこみ、「そんな人知らない」って言ったんだ。
(はぁ?)ってなったね。
こいつ、何を言いだすんだと。
咲を部屋の方に連れて来て座らせ、なぜか俺がテーブルの上の缶ビールやら何やらを片付け、コーヒーを入れてやり、咲の前に座った。
その間、咲はずっと俯いたままだった。
俺「で、どういう事なの?」
咲「あたしの聞いてる名前と違うの」
俺「年は?」
咲「26だって言ってた」
俺「うん。違う。咲と同い年で学年も一緒」
咲「え!じゃあ仕事は?」
俺「ん?学生だよ。行ってないみたいだけど、大学も分かってる。なんて聞いてたの?」
咲「クリエイターだって、グラフィックデザインの」
俺「金は持ってたか?」
咲「独立して、今は大変だって。でも夢だったからって」
俺「もしかして、金貸してた?」
咲「・・・。少しだけ。ねぇ、その興信所って本当に信用できるの?」
終わったって思ったね。
どう見ても嘘をついているようには見えなかった。
悪いけど、こいつ馬鹿だって思っちゃった。
この辺りから俺は、かなりイラついてきていたんだと思う。
咲に興信所について説明してやりながら、ずっと(こんな話をしに来たんじゃない!)と思ってた。
でも咲の質問がさらに続いた。
「それ、調べたのっていつなの?」
あ、やっぱ来たって思った。
この質問は予測してたし、答えも用意していた。
「あの写メだよ」
咲は興信所の仕事の早さに驚いてた。
あぁ、本当に毎週会っていたんだな。
なんて呆れて、そしてキレた。
「もういい、服脱げよ」
気が付いたらそう言ってた。
咲は、「え、何?」ってなってたけど、腕を掴んでベッドに放り投げた。
暴れたけど押さえつけて、「今は俺の怒りをどーにかすることを考えろよ!」って怒鳴ったら泣き出しちゃった。
でも、「そうだね」なんて言うからなんかさらにムカついて、引き裂くみたいに洋服を脱がせた。
咲を全裸にして四つ這いの格好にさせた。
泣き顔を見ながらじゃできないって思ったから。
ズボンとパンツだけ下ろして、いきなりチンポをあてがった。
咲が「待って」って言ったけど、無視して唾で少しだけ濡らして、いきなり突っ込んだ。
でもやっぱり全然濡れてなくて、正直(チンポ痛ぇ!)ってなったけど、そこはまぁなんとか我慢した。
しばらくすると馴染んできて、咲も感じてきているようだった。
シーツに顔を埋めて、必死に声を抑えていた。
(そんな事しなくても、もう誰もドアなんて蹴ったりしねーよ!)
なんて思うとまたちょっとムカついて、平手で咲のお尻を思いっきり引っ叩いていた。
そしたら咲が、「ひっ!」って悲鳴をあげて、すぐに小さな声で、「ごめんなさい」って言ったんだ。
条件反射というか、まるでそういう事が事前に決まっているみたいに。
すぐにあの男のことが頭に浮かんだよ。
そうか、こういう風にしてたのかって。
だから俺は咲に、普段はあの男をなんて呼んでいたのか聞いたんだ。
偽名でもいいから、その名前を呼べって。
俺がこうしてる間はずっと言い続けろって命令した。
咲は嫌がったけど、もう1度お尻を叩いたら簡単に従った。
変態みたいだけど、俺はこの時、異常に興奮したんだ。
何度も奴の名前を呼ばせた。
そして何度も咲のお尻を叩いた。
そして何も言わずに叩かれて赤くなったお尻にぶちまけた。
俺はそのままパンツとズボンを穿いてコート持って部屋から出てった。
咲が、「なんで?ちょっと待って」なんて言ってたけど、全裸だし、お尻は汚れているし、どうせ追って来れないってわかってた。
今考えると、この時なんで出て行っちゃったのか自分でもよく分からない。
たぶん、この時はもう一緒にいるのが嫌になったんだと思う。
実際、この日は家に帰らずにビデオボックスに泊まった。
でも眠れなくて、AVを観て2回も抜いた。
もう訳分かんないよね?
自分でもそう思う。
朝、出勤前に携帯の電源を入れたら、咲からやたら長文のメールが届いてた。
今回のことについての反省と俺に対する謝罪が書いてあった。
あの男のことについてはほとんど書かれてなかった。
夜、休み前ってことで少し早めに仕事を上がらせてもらえて、いつものように咲に電話をしたんだ。
咲はワンコールで電話に出て、いきなり泣き出た。
「もう電話してくれないかもしれないって思ったよー」って。
俺はどうしても聞いておきたいことがあって、その為の電話だった。
しばらく咲をなだめて、前日の行為を詫びた後、軽い感じで聞いてみたんだ。
「あの男とはいつから会ってたの?」
咲が言うには、知り合ったのは去年の秋頃。
何度かメールで誘われていたけどずっと断っていたそうだ。
でも12月に俺が仕事に付きっきりになり、寂しくて誘いに乗ってしまった。
酒の勢いとクリスマスの雰囲気で過ちを犯してしまった。
その後、何度か会うようになってしまったが、今はすごく後悔している。
・・・だそうだ。
咲が話している間、俺はずっと「うん、そうか」って答えていた。
たぶん50回は言ったんじゃないかと思う。
最後に咲は、ちゃんと会って話がしたいから今からでも会いたいって言ったけど、俺はこれを断った。
「だって、まだ荷物の用意がちゃんと出来ていないからね」
咲が驚いているようだったからそのまま続けて、「明日、約束通り迎えに行くから、お前も用意しとけよ」って言った。
咲はまた泣き出しちゃって、「いいの?・・・あたし・・・なんて・・・」とかなんとか言ったけど、あんまり何言ってるのか分からなくて思わず吹き出した。
そして俺はもうずっと言ってなかった、あの常套句を使ったんだ。
「忘れてるみたいだから、もう1度言っておくよ。咲、俺は咲が思っているよりずっと君が大好きなんだよ」
咲は、「ごめんなさい、もう2度と忘れない」みたいなことを何度も鼻水すすりながら言ってた。
俺はやっぱり、「うん、そうか」って答えた。
次の日、予定より少し早く着いたけど、咲はちゃんと用意して待ってた。
空港までは車で2時間ほどかかる。
初めはしばらく無言だったんだけど、「とりあえず今日からのスケジュールを教えてくれる?」なんて聞いたら、咲は涙目でにっこり微笑んで、「はいっ」なんて元気に返事をして、スケジュールを1つ1つ丁寧に説明してくれた。
帰国後の休日の過ごし方も2人で話して決めて、その流れで将来についてのことも少しだけ話した。
空港に着いたけど、手続きまではまだ余裕があり、俺達は予定通り隣接のショッピングモールに寄った。
2人で軽く食事をした後で俺は、「トイレに行ってくるからお店でも見てて」なんて言って咲と離れた。
そのまま荷物の1時預かりのカウンターでさっき預けた荷物を受け取り、駐車場に向かった。
途中、咲から着信があったけど、取らずに切った。
車を出して、すぐまた咲から着信があり、今度はちゃんと出た。
「ね、今どこにいるの?」
咲の声は少し怯えているようだった。
本当は、旅行には行こうと思ってたんだ。
咲との最後の思い出にでもすればいいって。
でも前の夜の電話で咲が俺に嘘を言った時、(なんだ、咲も結局、あの男と何にも変わらねぇんじゃん)って思っちゃったんだ。
胸のずっと奥の方にいるあいつが、『やっぱりな』って笑った気がした。
少しだけ、ほんの少しだけ胸が傷んだけど、ゆっくりと息を吸い込んで、「旅行なんて行くわけねぇだろ!ばーーーかっ!!」つって電源ごと切った。
しばらく走って、(我ながらガキのような嫌がらせだな)なんて思うとなんか妙におかしくて、車の中1人でゲラゲラ笑った。
笑いすぎて涙がボロボロ出たけど構わず笑い続けた。
この後のことなんて何にも考えてなくて、とりあえずどこ行こっかなぁ、なんて思いながら車を走らせてた。