彼女とは、俺が大学3年の時にサークルのコンパで知り合った。
名前を仮に『咲』とさせて下さい。
咲は新入の1回生で、とにかく抜群に可愛くて、男性陣の猛アタックを受けていた。
俺は当時(つっても今もだけど)背が低いもやし君で自分に自信がなく、まさか後に彼女と付き合うことになるなんて夢にも思ってなかった。

PCMAX

話が逸れるので馴れ初めは端折るけど、コンパから3ヶ月後、正式に俺と咲は付き合うことになったんだ。
それから3年間は完全に咲一筋だった。
就活とか大変な時期も咲は俺の支えになってくれたし、俺も彼女に尽くした。
今思い出しても夢のような3年間だったと思う。

さて、ここからが本編。
あの日、俺は上司の運転手役として酒の席に参加していた。
会も無事終わり、上司を送ると、たまたまだが咲のマンションまで車で15分ほどの場所だった。
時間は10時半を少し回っていたと思う。
俺はほんのいたずら心で咲の部屋に突然の訪問をすることにしたんだ。

ドキドキワクワクしながら部屋のインターホンを押す・・・反応なし。
もう1回・・・反応なし。

(あれ?今日なんか予定あったかな?)

なんて思いながら路駐してある車に戻って電話しようと携帯をとると、咲からメールが入った。
正確には覚えてないけど・・・。

『まだお仕事中かな?いつもお疲れさまです。今日はなんたらかんたらで実家にいるよ。少し早いけどもう寝るね。週末が待ち遠しいよ、おやすみ』

みたいな内容だった。

(実家に帰ってるのか、残念・・・)

なんて思いながら即電話、しかし出ない。
全く疑うことを知らない俺は消沈して車を出した。
でもすぐの信号待ちで、信じられないものを見てしまう。

咲だ。
男と歩いている。
どう見ても部屋に帰る方向だ。
知らない男だ。
誰だ?
つーか実家で寝るんじゃないのか?
嘘をついたのか?
なぜ?

少し混乱したが、信号が変わり車を出す。
そして次の信号でUターン。

(見間違いだ!)

そう、自分に言い聞かせて戻る。
マンションの前は一通になっていて、車だと回り込む必要がある。
途中、信号に掴まってイライラする。
マンションに着いた時はもう人通りはなかった。

(中に入ったのか?まだなのか?)

なんて考えながら車の中にいると電話が鳴った。
咲だ。

「電話くれたよね?ごめん、充電してて聞こえなかった」

俺はかなり動揺したが、それをなんとか隠した。
聞かなければならないことがあった。

俺「今日、実家なの?」

咲「そうなんだよ、用事を頼まれてねー」

そしていつもの他愛もない会話。
俺は今から帰るところだと伝えた。

咲「遅くまでご苦労さまです。土曜日楽しみにしてるよ」

なんて言って電話を切った。
電話の周りの音は静かだった。
外を歩いている感じではなかった。

部屋にいる。
どこの部屋だ?
実家か?
それともここか?

車から降りてマンションに入る。
エレベーターに乗り、5階の咲に部屋に向かう。
さっきのドキドキとは全く違う鼓動がする。
部屋の前に立つがインターホンが押せない。
迷う必要などないはずなのに怖い。
部屋にいるかいないか確認するだけでいいんだ。
そう思い、ドアの郵便受けをそっと押し上げる。
内側も受け口になっているから中の様子は見えない。
だが、灯りがついていることはわかった。

いるじゃん・・・。
いや、でも1人のはずだ・・・。

耳を押し当てて中の様子を窺う。
微かに音楽の音と男女の声が聞こえる。
会話までは聞き取れない。
ただ間違いなく男の声がする。

もう完全にアウトだ。
恋人に嘘をついて男を部屋に入れているんだもん。
ど平日だよ。
相手は学生なんだろうな。
どんな奴だよ・・・?

なんて考えているとバタバタと足音が聞こえた。
めっちゃ焦った。
思わずエレベーターの方まで逃げてた。
そしたら、ボッゴーーッて給湯機が動き出したんだ。
秋だったけど台所でお湯を使うほどじゃない。
直感で風呂だって気付いた。
部屋は入ってすぐ左手に小さなキッチン、右手に扉があって洗面、トイレ、風呂のユニットバスになっている。
正面にも扉があって、奥が8畳ほどのワンルームだ。
ゆっくりとドアの前に戻り、また郵便受けから中の様子を窺う。
シャワーの音と、今度は結構はっきりと声が聞こえる。

つーか、一緒に入ってやがる!
あのくそ狭い風呂に!
俺だってあんまり一緒に入ったことなんてないのに!

シャワーの音と共に聞こえる楽しそうな笑い声。

「あはは、ちょ、まだだめだってぇ」
「もぅ、あっ!んっ!まじで、上がってから、ねっ」

咲の声だ、当たり前だけど・・・。
風呂で始めやがった・・。

同じフロアの人に見つかったら間違いなく通報されそうな格好で、恋人の浮気セックスの盗み聞きをする俺・・・。
たぶんすげー汗をかいていたと思う。
吐き気や眩暈がする。
訳が分からなかった。
でもそんなオレのことなんて当然関係なく、風呂からは咲の喘ぎ声が聞こえてきた・・。

「あっあっあっあぁ!あぅん!あっあっ!」

咲は結構声を出すほうだ。
腰の動きに合わせるような喘ぎ方をする。
俺はこの声が好きだった。
まさか、こんな風に聞くことになるなんて思ってなかったけど・・・。

何分くらいそうして聞いていただろう?
風呂からは相変わらず咲の喘ぎ声が聞こえている。
狭い風呂だ、できる体位なんてたかが知れてる。
なんて想像していたら、信じられないことに勃起したんだ。
それもビンビンに。

なんかもう自分が嫌になった、気持ち悪かった。
どうでも良くなった。
廊下じゃなかったら、その場でオナニーをしていたかもしれない。

フラフラとドアを離れてエレベーターを呼ぶ。
到着を待つ間にどうしようもない感情に襲われて、突発的に咲の部屋の前に戻り、思いっきりドアを蹴った。
足の痛みで我に返り、慌ててエレベーターに乗り込みマンションを出た。
どのルートで帰ったかなんて覚えていない。
深夜だった。
風呂に入って思いきり泣いた。
大きな声を出すために浴槽に頭まで潜って泣いた。
ほとんど一睡もせずに仕事に行った。

翌日から俺は咲のメールにほとんど返信しなかったし、できなかった。
電話の対応も我ながらおかしかったと思う。
週末の土曜日には咲の買い物に付き合う約束があったけど、体調不良を理由にメールで断った。
そしたら日曜にお見舞いに来るなんて言い出したから、日曜には会わざるを得なくなってしまった。
俺の家にわざわざ来られるのは嫌だったんで、いつも通り俺が迎えに行って、外で飯だけ食べて帰るって感じのデートをすることになったんだ。

俺は咲と会っても至って普通に対応した、つもりだった。
いかにも病み上がりでちょっと疲れてますよーみたいな演技をしていた。
実際、ここ数日飯なんてまともに喉を通らなかったし、少し痩せて疲れていたから、俺なりには迫真の演技だったと思う。
しかし咲はそんな俺の違和感を感じとっていて、あらぬ誤解で俺に対し不信感を募らせていたようだった。
そしてその感情を2日後、俺に告白する。

仕事が終わり、いつものように電話で話している時だった。

咲「ね、もしかして、あたしのこと、ちょっと避けてたりする?」

俺「そ、そんなわけないだろ」

俺は動揺してしまい、喋り方が固くなったんだと思う。

咲「ほら、わかりやすいなぁ」

なんて言われて俺は慌てて取り繕った。
でも、あの夜のことはどうして言い出せなかった。
そして咲は信じられないセリフを言ったんだ。

「そっか、浮気でもしたんじゃないかって思っちゃったよ」

胸の奥を何かでぎゅっと握り潰されたような気持ちになった。

(お前がそれ言っちゃうのかよ)って携帯を持つ手が震えたよ。

「浮気なんて絶対にしない。忘れんなよ、俺は咲が思っているよりもずっと君のことが大好きだ」

言った後、思わず言えた自分を褒めてやりたくなったよ。
ちなみに最後の臭いセリフは、「愛してる」がどうしても上手く言えない俺の常套句だった。
ちょっとした喧嘩をした時でも咲はその言葉を聞けば、ふにゃ~と照れて俺に絡み付いたりした。

咲「そっか、そうだよね、ごめんね、疑ったりて・・・」

俺「いいよ、俺もごめんな、仕事ばっかで構ってやれなくて。そうだ、明日なんとか早めに終わらせるから、夜、少し会わないか?」

別に意識したわけじゃなく普通に流れで咲を誘ってしまった。
でも誘いはあっさり断られたんだ。

咲「ごめんなさい、◯子と約束があるの」

◯子ってのは咲の親友の1人で、俺もよく知っている子だった。
最近恋人と上手くいっていないらしく、その愚痴を聞いてやるんだそうだ。

咲「ウチに泊まるから、でも夜の電話はちゃんとしてね」

俺「そっか、うん、わかった」

そんな感じでその日の電話は終わった。
でも、なんとなく違和感を感じたんだ。

あの流れで俺の誘いを断るか?
◯子なら俺だってよく知ってるし、晩飯食べるまでくらいなら俺が居たって良くね?
そう考えると、違和感は一気に疑惑に変わった。

(そうだ、明日は水曜だ)

あの夜からちょうど1週間。
この1週間、咲の俺への対応は本当にいつもとまったく同じだった。
とても浮気をしているなんて信じられなかった。
そう考えると、あの男との関係はそこそこ長いんじゃないかって思えた。
手帳を眺める、平日は仕事のことしか書いていない。

(水曜なのか?毎週水曜日に会うようにしているのか?)

疑惑は俺を悩ませて、そして明日会いに行ってみようと決めた。
次の日、結構頑張ったんだけど、終わったのは8時を回ってしまった。
前みたいに社用車は使えないから電車で行く必要があった。
乗り換えなんかもあり、軽く1時間半はかかる。
当然アポなしで行くつもりだったから、(もし留守だったら?嘘なんて付いてなくて、本当に◯子と一緒だったら?)なんて考えると足が重くなった。

しかも電車に乗ってる時に咲からメールが入った。
内容は、◯子と家で飯を作って食べたこと。
◯子は彼氏に呼ばれて結局帰ることになったこと。
飯が結構残っているから、もし早目に終わるなら食べに来ないかってことだった。

なんだそりゃ、ってなったよ。
夜中まで悩んでいたのはなんだったんだって。
けど、今さら帰るのも馬鹿らしいし、会社の人に車で送ってもらえることにして、『飛んで行くよ』と返信した。

(こうなったらあの夜のことをちゃんと話さなきゃ)と考えてた。

けど、いざ面と向かうと、とても切り出せなかった。
飯は美味いし、あんなこと言ったせいか咲はいつもよりなんか優しいし、普通に幸せを感じてしまった。
だから、俺は少し計画を変更することにしたんだ。
俺がどんなに咲を愛しているか、俺なりに必死に伝えた。
仕事が忙しくて寂しい想いをさせていることを詫びた。
咲の卒業後、結婚を真剣に考えていることを伝えた。
最後の方は咲も涙目で聞いてくれた。
当然、咲の心に届いたと思った。

これで浮気をやめるなら、全て無かったことにしよう。

そう思った。

抱き合ってキスをした。
少しエロい雰囲気になったけど、電車で帰るには11時30分までには部屋を出なくちゃならなくて、その日は何もせずに帰ることにしたんだ。
マンションの下まで咲は見送りに来てくれた。

「今週末は久しぶりにどこかでお泊まりをしよう」

そんな約束をして別れた。
俺の気持ちは伝わったと信じていた。

マンションを出た時、道の反対側の自販機の前に男が立っていた。
携帯を弄っている風だったけど、間違いなくこっちを見ていた。
一瞬、目が合った。

(見間違えたりなんてしない、あの男だ)

その口元が笑っている気がした。

<続く>