小学校時代の机は隣同士がピッタリくっついてるので、自然に話す機会も多くなる。
隣の席になって2ヶ月くらいで、歩のことが好きになった。
ちょっと遅い初恋だった。
だが口をついて出る言葉は、「ばーか」「ちーび」などの暴言ばかりだった。
歩を含めた5~7人の男女グループで遊んでる時なんかは余計に酷くて、サッカーボールをぶつけたり、軽く蹴ったり、殴るマネをしたり・・・。
とにかく“好きな女の子イジメ”の典型みたいなことばかりしてた。
ある日、いつものように調子に乗って遊んでいたら、歩が泣いた。
「もぉ、なんでそんな事ばっかりするの?酷いよ・・・」とか言われてしまった。
さすがにこれはマズイ!!と思ったが、他の男の子達もいたから、「ばーか、そんなんで泣いてんじゃねーよ」と吐き捨てて帰った。
歩は他の女の子に囲まれて慰められてた。
俺はそんな歩の姿を遠くから見ていた。
次の日、学校での歩は至って普通だった。
いつも通り机をくっつけて授業を受け、いつもの笑顔で俺に微笑んでくれてる。
なんだ、心配して損した。
なんてちょっと思ったが、やっぱり女心は難しい。
学校帰り、2人になった途端、歩が無言になった。
「何で黙ってるの?」
「何よ今さら。昨日は徹君に酷い目にあわされて、私まだ怒ってるんだからね!!」
「なんだよ、学校じゃ普通だったのに」
「あんなの、みんなの前だからだよー。べーだ」
そう言って走って行ってしまった。
歩にそっぽを向かれたのは初めてだった。
おくびにも出さなかったが、俺は内心泣きそうだった。
どうすれば許してくれるんだろう。
謝ればいいのか?
でも、女の子に謝るのは負けたみたいで凄く嫌だった。
悩んだ俺は、いつも皆で遊んでる公園に行ってみることにした。
すると歩が1人でブランコに揺られていた。
俺は偶然を装って歩に話しかける。
「何してんの?」
「何って、ブランコ」
夕日が眩しいのか、俺が嫌なのか、下を向いてボソボソと喋る歩。
「昨日のことまだ怒ってるの?」
「・・・」
「ねぇ」
無言状態が続いた。
好きな女の子に無視されるのって凄く痛いんだなと、この時身を持って知った。
「歩ちゃん」
俺は立ち上がり、歩のブランコのチェーンを掴んで動きを静止させる。
「これ・・・あげるから許して」
ポケットから歩の大好きな『シゲキックス』(食べかけ)を出して渡す。
歩は一瞬キョトンとした顔をした。
「ごめんね」
恥ずかしかったから少しだけ顔をあっちに向けて謝った。
「もぉ、徹君はバカだなぁ」
歩が顔をくしゃっとさせて笑った。
今までの中で一番可愛い笑顔だった。
「バカって言うなよ」
「あはは。シゲキックスありがとう。これで仲直りだね」
「うん」
この後は2人で門限ギリギリまで遊んで帰った。
ぐっと距離が近くなった気がした。
ある日、いつもの遊びのメンバーで、いつもの公園でかくれんぼをしていた。
この公園は結構広く、物がいっぱいあったから隠れる所がたくさんあった。
俺は公園の脇にある細長い小さな物置(学校の掃除道具入れのような形)のような所に隠れた。
ちょっとキツかったけど、とっておきの隠れ場所だった。
皆が隠れ終わるのを待ってると、外に誰かがいる気配がした。
(誰だよ?)とチラっとドア開けると、歩がウロウロしてる。
いい隠れポイントを見つけられなかったんだろう。
「歩ちゃん!!」
俺は手を振った。
歩みは俺に気付くと安心したような顔をして、「徹君、ごめん、隠れる場所ないからそこに入れて」と言ってきた。
ドキっとした。
しかし時間がない。
早くしないと鬼が俺達を捜しはじめる。
すると誰かが「もういいよ」コールを出した。
(やばい!!)と思い、歩を強引に引っ張り込む。
何とか入れた・・・が、狭くてあまり身動きが取れない。
体勢は、立ってる状態なんだけど、2人の間にスペースがほぼない。
それでも俺は少しでもスペースを開けるためギリギリまで壁にもたれた。
とにかく、かくれんぼより、今のこの状況がやばすぎる。
歩がすぐそばにいる。
髪も、唇も、大好きな歩の全てが手の届く距離にある。
俺の心臓はマラソンした時のようにガンガン鳴ってた。
当然会話は何もない、2人で必死に息を殺してる。
だんだん呼吸が苦しくなってきて、目を閉じた。
たぶん顔は真っ赤だ。
歩は下を向いてる。
俺の心臓のドキドキ音は間違いなく聞こえてるだろう。
もうどうしようもないので目を強く瞑った。
(鬼よ、出来るならもうしばらくは見つけないでくれ)
そう祈ったその時、歩が俺にもたれ、胸に顔をうずめた。
思いがけない行動に俺の興奮度は120%だった。
「徹くん・・・なんかすごいドキドキするね・・・」
耳元で囁くような声で言った。
「・・・うん・・・」
一言返すのが精一杯だった。
「なんか、私、喉乾いた・・・」
そんなこと言われても飲み物なんかない。
ドキドキでクラクラしてぶっ倒れそうだった。
急に思いたったような顔をして、歩がスカートのポケットに手を突っ込んだ。
ゴソゴソして中から出てきたのは・・・俺があげたシゲキックスだった。
『それ、まだ持ってたの?』
小さくジェスチャーすると、笑って『うんうん』と頷いた。
俺があげたものを大事そうに持っててくれて嬉しかった。
歩はパウチの袋をそーっと開けて、一粒摘んで口に入れた。
『おいしー』って口を動かしてニッコリ微笑む。
ちょっとだけ空気が和んだ。
次に手をあまり動かせない俺の為に口まで運んでくれた。
俺も緊張で口が渇いてたから、ありがたかった。
何より歩に食べさせてもらえたから感無量。
俺も同じように『おいしー』と口を動かしてニッコリ微笑んだ。
でもやっぱ気恥ずかしかったから、空気を誤魔化すように調子に乗って次から次へと食べまくった。
しかし元もと食いかけで中身が少なかったため、あっと言う間に残りがひとつになった。
その一粒を見て歩に、『食べろよ』とジェスチャーする。
『いいの?』と首をかしげる歩。
『うんうん』と頷く俺。
最後の一粒を、歩がゆっくり口に入れた。
ニッコリ笑ってる。
すると次の瞬間、歩の腕が俺の首に巻きついた。
「えっ?どうしたの?」
動揺が隠せない俺。
「徹君、これ食べたい・・・?」
歩が俺の耳元で囁いた。
考えるより先にこくりと頷いた歩は、目いっぱい背伸びして、俺の唇に粒を届けた。
俺はどうしていいのかわからず、とにかくそれを歯で噛むようにしてキャッチした。
一瞬だけ唇が触れた。
正直、感触とか味とか一切分からなかった。
ただドキドキ感で胸がいっぱいだった。
これが初キスの思い出。
その後は何事もなかったかのように過ごした。
キスもこの一度だけ。
当然、「好き」だの「付き合う」だの、そういう会話はない。
ただお互い好き合ってるのは間違いなかった。
俺達はずっとそんな関係だった。
そして歩は中2の時、親の転勤で遠くに行った。
初めのうちは他愛のない文通もしたりしたが、すぐに途絶えた。
人の縁ってこんな簡単に切れるものなのかと寂しく思った。
いや、でも俺の場合、それ以前の問題だったんだが。
そして改めて“気持ちを言葉にする”意味を思い知った。
しかし歩とは何かの縁があったのかもしれない。
25歳の時に再会した。
それも地元とは全く違う場所で。
さすがに巡り合わせというものを感じずにはいられなかった。
そしてまた俺は歩に惹かれ、幸運にも彼女も同じように思ってくれている。
初恋の人と結婚できるなんて、俺は幸せ者だと思う。