いつも男っぽい佳織が頬を赤らめて俺に言う。
小さな紙袋の中には可愛くラッピングされたチョコレート。
「手作りなの・・・。食べてくれると・・・嬉しいんだけど」
可愛い手袋をした手で不器用に俺に差し出す。
いきなりのことで動揺してしまい、俺はただそれを受け取るだけだった。
「返事・・・ホワイトデーにちょうだい」
そう言って、俺にくるっと背を向け走り出す。
当時中2だった俺たちは保育園からの幼馴染。
家も近所で、3歳から一緒に育ってきた佳織からのいきなりの告白。
俺は、どうしていいかわからなくなった。
その日は頭が真っ白になって何も考えられなかったが、なぜか頬を涙が伝っていた。
ただ、菓子を作るのが得意な佳織が作った生チョコは、俺も一緒に溶けてしまうんじゃないかと思うほど美味しかった。
少しでも佳織のことを考えると俺は壊れてしまいそうで、極力考えないようにした。
家も近いのに一緒に学校に通わなくなった。
だんだん冷静に考えられるようになったときには、もうホワイトデー。
俺は断った。
断らなければならない理由があった。
当時、俺はいじめられていた。
原因は、とある男子が女子に告白したところ、俺が好きだという理由で振られたことらしい。
受験を心配してなのか、表では普通に過ごしているが、毎日のように裏で受ける暴力。
腹や背中にはたくさんの痣や傷があった。
それに佳織を巻き込むわけにはいかなかった。
情けなくて、自分がみっともなくて、お返しのキャンディーを渡して、「ごめん」と言った後すぐ走り出し、自分の部屋で泣いた。
その日の夜、佳織から電話があった。
「理由が聞きたい」と。
俺は本当のことが言えなかった。
「お前のこと、ほんとに大切な・・・その・・・親友だと思ってるんだ。だから・・・」
「だから」と言ったものの、その先は何も思いつかない。
受話器の向こうから佳織の泣き声が聞こえる。
「・・・ごめん・・・」
「謝らなくていいよ。私こそ、ごめん・・・」
「・・・明日から、普通に喋ってくれよ」
「うん・・・」
電話を切った後、俺は泣いた。
女々しいかもしれないが、佳織と一緒にゲームセンターで取ったぬいぐるみを抱きながら泣いた。
涙が枯れるまで泣いたと思う。
もうカーテンの隙間からは朝の光が差し込んでいたし、新聞配達の単車の音も聞こえてきた。
その日、俺は学校を休んだ。
泣きすぎて酷い顔をしていたからだ。
ぎこちない感じこそあったものの、日に日に佳織は以前の佳織に戻っていった。
俺も少しずつ以前と同じように接することができた。
それからは何もなく、俺たちは同じ高校に進学した。
少し距離があるが、いじめから開放されるために俺は遠くの高校に行きたかった。
佳織は将来の夢を叶えるために、その高校を選択したらしい。
入学式、俺たちは全然くたびれていない制服を着て登校した。
「あ、同じクラスじゃん」
「ほんとだね、腐れ縁?(笑)」
「そうとしか言いようがないな・・・」
そんなことをブツクサ言いながら同じ教室に入る。
周りの奴と絡もうともせず、俺たちは好きなアーティストについて盛り上がった。
「でさ、あのアルバムはやっぱハズレだと思うんだよね」
「ああ、それ俺も思った。なんか、らしくないよな」
「そうそう!やっぱ賢ちゃんが一番最初に聴かせてくれたあのアルバムが・・・」
そんな話をしていると俺たちのところに女子数人が来た。
「ねえ、何中?」
「◯◯だよ」
「へ~・・・付き合ってんの?」
俺たちは一瞬硬直した。
俺は何も言いたくなかったので佳織に任せようと思った。
一瞬俺の方をチラっと見たが、「え、そんなんじゃないよ」と佳織はかわす。
(そうか、俺たち何もないのか・・・)
妙に落ち込んでしまった。
その後は普通に色んなやつとあいさつ的な会話を交わした。
色んなやつと喋ったが、やっぱり佳織と2人でいるほうが落ち着くと思った。
それから月日は流れ、俺たちは高校3年生になっていた。
2年でクラスが離れたものの、また3年で同じクラスになれて俺は嬉しかった。
身長は日を重ねるごとに俺の方が高くなり。
佳織は167センチ、俺は179センチで、お互いに随分目立つようになっていた。
バスケ部の中で恋愛のことで色々事件があったり、3年になるまでに俺は4回、佳織は5回ほど告白を受けたりしたが、全て断った。
俺の気持ちは、あの時と全然変わっていなかったからだ。
佳織の気持ちがどうなのかは分からなかったが、俺は受験が終わったら告白しようと思っていた。
俺も佳織も得意分野が同じだったため、2人の志望校も同じだった。
お互いの家で勉強を教え合い、たまにバスケで息抜きをしながら受験勉強に励んだ。
そしてラストスパートをかける時期になり、学校と家を往復して勉強するだけの生活を送った。
そんな中、久しぶりに佳織からメールが来た。
「明日の夜、賢ちゃん家に行くから家にいて」
一方的なメールだが、なんか可愛い。
(しかし何で来るんだ?)と疑問に思った。
「お邪魔します」
「あら、佳織ちゃん!久しぶりじゃない!上がって、賢、部屋にいるから」
「ありがとうございます」
そんな声が玄関から聞こえ、佳織が部屋に入ってきた。
「やっほう」
「ん」と俺は、参考書を開きながら頷く。
「どうしたんだよ、いきなり。なんか用事でもあんのか?」
「そういうわけじゃないんだけど・・・」
「じゃあ勉強しろよ!(笑)」
「カレンダーくらいちゃんと見ろ!馬鹿!!」
そう言って俺に紙袋を突き出す。
「あ?・・・ぁああ」
バレンタインデーだった。
勉強のことで頭がいっぱいですっかり忘れていた。
「本命?」と、にやけながら冗談交じりに聞く。
「・・・だったらどうする?」と佳織。
「んー・・・OKするに決まってるじゃんか」
「冗談はもういいよ(笑)」
「冗談じゃないって。本気」
じっと佳織を見つめると顔が真っ赤になっている。
そしてポロポロと涙を流し始めた。
「だってだって。あの時、だめだって言ったから。今日は、ただ受験がんばろーって励まして帰ろうって思ってたの。賢ちゃんのことは胸に仕舞って新しい恋をしようって思ったりもした。でも・・・無理だったの。私、賢ちゃんじゃないとだめなの。それでもいいの?」
俺は本能的に佳織を抱き締めた。
「俺も好きだった。ずっと。でも◯◯たちと色々あっていじめられてたから、それにお前を巻き込みたくなかったんだ。ごめん・・・」
「え?嘘。そんな話聞いてないよ!」
「嘘じゃないんだ・・・」
俺は胸の辺りに残る痣を見せた。
佳織は声をあげて泣いた。
俺は強く抱き締めるしかなかった。
佳織の気持ちも収まってきた頃、俺たちはバスケットボールを持って寒空の中、公園にいた。
「でも、意外だったな、そんなことがあったなんて」
佳織が俺にパスする。
「こんなこと言うのかっこわりいだろ?あいつら◯◯高校の連中と仲良かったからな。さすがの俺でも抵抗する気になんなかったんだよ。・・・お前に言ったら、◯◯たちがぶっ飛ばしに行きそうだしさ」
佳織をかわしながらゴール。
「そんなこと・・・しないわけないじゃん(笑)」
そのボールを持って佳織がドリブルを始める。
大きな胸が走るたびに揺れて、そっちに目が行ってしまう。
佳織と目が合った。
普段ならなんでもないのだが、やはり意識してしまう。
「・・・佳織」
「何?」
「付き合うのか?俺たち」
「ん~・・・」
佳織はスリーポイントシュートを決めた。
「ナイス!」
「・・・あのね、賢ちゃん。付き合うの、受験が終わってからにしない?どうせもうすぐだし、今付き合っちゃうと・・・なんか・・・」
「・・・ああ、そうだな」
そのあと3ゲームほどしてクタクタになり、そろそろ帰ろうかなんて言いながら自販機で温かいものを買おうとしたら、いつもの癖でアクエリアスを買ってしまった。
「ふふっ、バカだね~」
「最近バスケやってねえから、体がやりたがってんだ、たぶん(笑)」
「私もだよ・・・完璧になまっちゃってるよね」
そんなことを話しながらお互いの家に帰った。
部屋に戻って、紙袋からチョコを出す。
白と銀のリボンに真っ赤な包み紙。
あのときと同じラッピングだ。
そして中身も同じだった。
四角くカットされた生チョコをひとつ、口に入れる。
なぜだか、涙が溢れてきた。
甘くてほろ苦くて、でも口の中に溶けて広がると幸せな気分になる味。
バスケ部の部長としてお互い頑張った最後の試合も、文化祭も、普段の学校生活も、俺はあいつがいたから頑張れた。
あいつがずっと俺を好きでいてくれたから頑張れたのかもしれない。
俺は決めた。
受験が終わったら、すぐにプロポーズしようと。
<続く>