今から10年以上も前の話だが、俺が20歳の時に高熱が1週間以上続き、いくら厚着をして何枚も布団と毛布を被っても寒さが止まらない。
こんなに重症は生まれて初めてだった。
死ぬかもしれないと感じた俺は、病院の中でも大嫌いな地元の大きな病院に向かった。
早速血液検査をするとすぐに結果が出て、『急性肝炎』とのことで入院となった。
PCMAX

俺は入院は初めてでもあり、神経質なため、絶対に個室を希望とお願いして入院生活がスタートした。
この病気は絶対安静にしないといけなくて、お風呂も禁止で、ベッドの上で座るだけでも医者や看護師に注意された。
本当に食事とトイレ以外は、ずっと眠っていなくちゃいけない辛い入院だった。

入院して3日目の夜中、あまりにも頭が痒くてナースを呼ぶのを躊躇してしまい、勝手に個室内にあるシャワーを浴びた。
翌朝、案の定、年輩の看護師にお叱りを受けた。

「夜中にシャワーしたでしょう。動いたら、また数値が上がって退院が遅くなりますよ。次からは必ずナースを呼んで下さい」

その日の夜中も身体中が痒くて眠れなく、2日連続で勝手なことをするのはさすがにマズいと思い、1時頃ナースを呼んだ。
その日の当番は、俺が一番お気に入りのナースのKさんだった。
推定年齢20代前半。
小柄だけど顔はバレーボールの栗原恵似。

シャワー禁止の札もベッドにかけられていて、Kさんが濡れたタオルで拭いてくれることになった。
まずは上半身からだったが、俺はすぐに息子が立ってしまった。
しかも、反り返るくらい。
ただし毛布を被ってるのでバレてはなかった。

「気持ちいいですか?痒い所があったら言って下さいね」

「はい」

「次は下を拭きましょうね」

少し沈黙して考えた。

(まだ立ってるからマズい)

「下は痒くないから大丈夫です」

「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。拭いといたほうがさっぱりしますよ」

Kさんは最高の笑顔を見せてくれた。
そのあまりの可愛さに観念して、お願いした。
ベッドに横になったままズボンもパンツも下ろされた。
息子は少し収まってはいたが、半立ちしていた。
俺は自分の手で隠していたが、すぐに手をどかされてしまった。
Kさんは、真面目に業務をこなすだけといった感じで、立っている息子を平気で掴み、裏まで丁寧に拭いてくれた。
我慢していたが、思わずフライングしてしまい、飛ばすまではいかないが、先からダラッと垂れてきてしまった。
さすがにこれにはKさんも驚いたようだ。

「あ、ごめんなさい。拭きすぎてしまったかな?」

「最近は、あまりにも動けないので欲求不満ですかね。すみません」

恥ずかしかったが謝った。

「・・・どうします?」

「お願いできるんですか?」

「え?何をですか?」

「本当に欲求不満で・・・こんなに脈打ってたら、後で自分で抜いても大丈夫ですか?」

「・・・。それは問題ですよね。安静にしないといけないので」

「だから、抜くの、お願いします」

「そういうのはしたことがないので、確認してきます」

そう言うとKさんはナースセンターに向かった。
待ってる間、淡い期待もあり勃起は収まらない。
5分後くらいにKさんが帰ってきた。

「確認してきました。医療の一部だと私が判断できるなら大丈夫だそうです!(Vサイン+笑顔)」

なんとOKだった。
Kさんは部屋に鍵をして、薄い透明の手袋をつけて隣に来た。

「それでは先ほどの続きをします・・・」

いきなり息子を掴んでしごきだした。
俺はすぐにイキそうだったが、我慢して快感を味わった。
調子に乗った俺はKさんにお尻が触れる位置に移動してもらえるように頼んだ。
このとき、なぜだかKさんは俺の言うがままに近い状態だった。
俺が白衣の上からお尻を撫で回しても拒否しない。

白衣を捲ろうしたら抵抗されたが、「すごく気持ちいいんですけど、触りながらでないとイキにくくって」と意味不明な理由を言うとOKしてくれた。

俺は白衣の裾を腰まで捲り上げ、ストッキングを腿まで下ろし、直にお尻を触った。
一瞬Kさんはビクンとしたが無表情。
お尻のラインから前部分を攻めてみたが、何の抵抗もない。

(感じてるのか?早く終わらせたいのか?)

そのままクリちゃんまで指が到着した。
優しく撫でてやった。

「う~」と我慢しているような表情のKさん。

今度は中に指を入れてみた。
もうヌレヌレだった。
マンコの中で指を暴れさせるとKさんは手を動かすのをやめた。
下唇を噛みしめ、涙をウルウルさせて俺を見つめている。
その表情がたまらなく可愛くて、俺はKさんに握られたままイッてしまった。

イッた後も俺はKさんのGスポット付近を攻め続けた。
もう一度、無理を言って俺の息子をしごかせて、2回目を発射するまでKさんの下半身を触りまくった。

それから退院するまでKさんが俺の部屋の担当になることはなかったが、今でもあの日のことは鮮明に覚えている。