小学生の頃の私には誰にも言えない秘密がありました。
それは、毎日、母からお尻を叩かれていたということ。
1年生から6年生まで、毎日・・・ずっとです。
学校では普通にしているけれど、下校の時間が近づくにつれ、頭の中はそのことでいっぱいでした。

あ、虐待とか、そういうのじゃないです。
ただ私が自分の意志で約束を守らなかっただけで、学校では普通なんです。
授業は受けるし、給食も食べるし、友達ともお喋りするし。
でも宿題だけはどうしてもダメで、筋金入りの面倒くさがりなんです。
昔からそれこそ幼稚園とか保育園とか、もっと前なのかもしれないですけど、とにかく自分の時間を『やりたくないこと』に取られるのが嫌でした。
幼稚園までなら、なんだかんだで許されちゃいますよね。
でも、宿題が出始めると、やっぱり母も許してくれなくって。
1年生の宿題なんて簡単なんですよ。
国語の教科書をちょっとだけ声に出して読むとか、見た瞬間にでも答えがわかっちゃうような暗算だとか。
全部やっても5分もかからなかったと思います。
でも私は、自分の5分間を宿題にってことがどうしてもできなくて、毎日忘れて学校に行くんです。

さすがに先生も連絡帳に書きますよね。
そうすると母はそれを見て、お尻を叩くんです。
1年生は午後の授業がなかったので、まだお昼すぎですよね。
友達とも遊びたいし。
だから嫌だって泣くんですけど、母もなかなか許してくれなくて、気付いたら夕方になっちゃってて・・・。
あぁ、遊ぶ時間なくなっちゃったーって、がっかりして。

そのとき、母と約束したんです。
宿題をしなかった日は必ずお尻を叩かれる。
叩かれるけど、それさえ終わったら、お説教とかは無し。
いけないことに罰を与えたい母と、早く解放されたい私の利害が一致したっていうか、とにかくそういう風に決まったんです。

どれくらい叩くとかは全部母の自由になっちゃったんで、対等な条件ではないですけど、体もだんだん大きくなりますから、そこは仕方ないですよね・・・。
小学1年生と同じように5年生や6年生のお尻を叩いても、痛くも痒くもなさそうですし。
だから最初は痛くなかったんですよ、平気だったんです。
母も子供だと思ってますから、かなり手加減してくれてて。
20回くらいですかね。
ペチ、ペチ、ペチ・・・って、初めての時はそんなもんでした。
痛くはなかったですよ、全然。
でも、ほんのりピンク色になってたんで、母も効いたと勘違いしたんでしょうね。

私はそれで味を占めたんです。

(この罰さえ受ければ宿題をしなくていい)と。

当時の私にとってはバラ色の学校生活のはじまりでしたよ。
唯一の天敵だった宿題をしなくてよくなったわけですから。

1時間目から4時間目まで授業を受けて、給食を食べて掃除をして、帰ったら母にお尻を叩かれる。
終わったら遊びに行って・・・みたいな。
完璧にその日1日、何をするかのスケジュールに組み込んでました。

ただ、そうなると私はやっぱり調子に乗るんです。
外が暗くなってきても帰らなかったりとか、怒られてもお尻を叩かれればいいやと思っていたので、帰ってすぐに自分から母にお尻を出していたんですよね。
母も“これはおかしい”と気付くわけです。
そりゃそうですよ。
帰ったらとっちめてやろうと思っていた娘が、顔を見るなりお尻を向けて、「ご飯まだ?」なんて聞いてくるんですから。
コイツは痛がってないなってわかるでしょう普通は。
だからどんどん増えていって、20回が40回に、40回が60回に。
痛さより時間が長くなることのほうが嫌だったんですけど・・・。

そうも言ってられなくなったのは、3年生の時ですね。
ついに回数とかじゃなくなって、私が本気で痛がるまで、本気で痛がってごめんなさいが言えるまでと決められてしまったんです。
まずいですよ、私の生活スケジュールがめちゃくちゃになるかもしれないんですから。
何がまずいって?
だって母のお尻叩きって本当に痛くなかったんですよ。
3年生の私なら100回くらいだったら叩かれてる最中に寝られるくらい、それくらい余裕だったから、このときはそれが問題だったんです。
痛そうな演技をするにしてもですよ、今まで文句ひとつ言わずに叩かれていたのに、『痛がるまで叩く』のを決めた日から突然、「痛い、痛い」なんて言い出したら、さすがに母も信用しないでしょう。
だって、1年生からずっとなんですよ?
叩かれるのが当たり前で、毎日そうしてきたんです。
このままだと毎日、いえ、下手をすれば何時間もかけて叩かれることになってしまうことは明らかでした。

そこで私は、母にある提案をしたんです。

「今のままでは痛くないから、もっと強く、思いきり叩いて欲しい」と。

母は怒ってました。
当然です、それまでずっと騙していたんですから。
でも私にも譲れないことはあります。
罰の時間を短くするそのためだけに、ずっと隠しておくはずだったことを告白したんですから。
それ以上は嘘をつくつもりはありませんでした。
そして始まったのは、母による、どれくらいなら本当に痛いのかの確認です。

ビチッ!

「痛くない」

バチンッ!

「そんなに痛くない」

バチィーン!

「痛いけど、我慢できないほどじゃない」

・・・ぜんぶ正直に答えました。
母は呆れていましたが、慎重に選んでくれました。
私が怪我をしない範囲で、最も痛いと感じる強さがどれくらいかを。

そして始まったんです。
私が母にお尻を叩かれて、本気で泣くことになる生活が。
まぁおかしいですよね。
だって母は、私が1年生の時からそうしてきているつもりだったんですから。
その前の日だって、100何回は叩かれてるわけですよ。
それだけ叩かれて全然痛くなかったなんて想像もしてなかったんじゃないですか?
“いつか懲りるだろう”と思っていたはずですよね、母としては。
裏切られた気持ちだったんじゃないでしょうか。

だからかもしれません。
3年生のその日から、母のお尻叩きは本当に痛かった。
痛くなったと言うべきですかね?
とにかく痛くて辛い時間になっちゃったんですけど・・・。
それでも私は宿題をしませんでした。
いえ、意地になってたとかではないと思うんです。
宿題をやろうという発想がまず浮かばなかった、というか、帰ってお尻を叩かれるまでが当たり前になってたんですね、自分の中で。

そうすると・・・叩かれない日は逆に落ち着かなくなるんですよ。
休みの日は、そういうものだと割りきってましたけど、変な言い回しになっちゃいますけど、どうしても叩いてもらえない日ってあるじゃないですか。
母が出かけてて家にはいないとわかってる日とか。
普通は(怒られなくてラッキー!)とか思うんでしょうけど、母の場合、じゃあ今日は叩かないなんてことはありませんでしたから。
帰ってきたら叩かれるとわかってるのに、それまで叩いてもらえない。
これ、地味に辛いんですよ。
ずっとモヤモヤしたまま過ごさなきゃならないっていうか・・・。
それに泣いた後ってわかるじゃないですか?

父の前ではお尻を出したりできないので、いつも父が帰ってくる前に叩いてくれたんですけど、母が出かけててはじまるのが遅くなったりすると、ギリギリなんですよね。
泣いた直後に、その顔で一緒に晩ご飯を食べなきゃいけない。
叩かれたのが夕方ならまだいいですけど、さっきまで泣いてたとしたら1発でわかるじゃないですか。
それだけは本当に嫌でしたね。

5年生や6年生になると隠し通すのが大変でした。
家で毎日、母にお尻を叩かれているなんて。
学校でも『宿題をやらない』ことでは有名だったんですが、いつも明るく、先生までなんとなく怒られないようにして誤魔化しきってしまう子が、まさか家に着くなり毎日パンツを下ろして、お尻をビッシビッシ叩かれているなんて誰も想像しないでしょう。
想像しないから、普通にしていればバレなさそうなんです。

あ、普通にしていればと考えてしまったのがいけなかった。
友達とお喋りしていても、親が話題に出た途端に喋れなくなったり、身体測定のたびにお尻にまだ叩かれた跡が残ってるんじゃないかとか勝手に思っちゃったり・・・。
幸いそんなことは全然なかったんですけどね。

母に叩かれるのは学校から帰ってすぐでしたから、遅くなった日でも、さすがに一晩寝ればお尻も元通りです。
そこまでのことは母もしなかったですから。
寝るときになって、まだお尻がピリピリしてることはよくありましたけどね。

父は何も聞いてこなかったです。
後で母に聞いてたんでしょうけど、それを想像するとたまらなく恥ずかしかったです。
まあ年にそう何度もあることじゃないんですけどね。
今でも忘れられない嫌な記憶です。