俺にはずっと片思いをしていた女性がいた。
中学の入学式で見かけてから完全に一目惚れ。
芸能人で言うと桐谷美玲みたいな感じかな。
なので仮名で『美玲』としよう。
背が高くて綺麗な顔立ち。
勉強もでき、そして性格も最高だった。
もちろん他の男子連中にも人気があった。

中1と中3は同じクラスだったが、高嶺の花すぎて会話をした記憶はほとんどない。
なんとか同じ高校に通いたくて受験勉強を必死で頑張った。
そして同じ高校へ進学できた。
しかし、高1、高2と別々のクラス。
会話どころか顔を見る機会も少なかった。
美玲は高校生になって一段と綺麗になり、校内でも有名だった。

高3になった時にようやく同じクラスになれた。
勇気を出して同中をネタに何度か話しかけたことを覚えている。
本当に緊張しすぎて何を話したかも全く覚えていない。
一度だけ席替えで彼女の席が俺の前だった時があった。
たった3ヶ月の出来事だったが、当時は学校に行くのが楽しくて仕方なかった。
大学受験もあって忙しく、最後の1年はあっという間に過ぎていった。
また同じ大学に進みたかったが、美玲は女子大に進学すると聞いて諦めた。

卒業式に最高の勇気を振り絞って、これが最後だと思い、告白した。
美玲は顔を真っ赤にして、すごく困った顔をしていた。
周りの同級生たちも、からかってヤジを入れてくる。

「・・・ごめんなさい」

俺は走り去った。
辛かった。
その日は一晩中泣いた。
しかし後悔はなかった。
気持ちを伝えないままでいる方がきっと後悔していただろう。

大学へ進学してからは人並みに青春をして何度か恋愛もした。
しかし、いつも心の片隅に美玲がいた。
大学を卒業し、就職してからもその気持ちは変わらなかった。
当時は職場の同期の春香と付き合っていたが、交際理由は『美玲に似ていたから』だった。
もちろん美玲ほど綺麗ではなかったが、どことなく雰囲気が似ている気がした。
そんな不純な動機で付き合ってしまい、いつも申し訳ないと思っていた。

それから2年経ったが、春香との付き合いはまだ続いていた。
不純な気持ちで交際スタートしたが、やさしい性格に少しずつ惹かれていたのかもしれない。
ついに結婚の話も出始め、俺と春香は婚約した。
美玲のことを完全に忘れたと言ったら嘘になるが、春香となら幸せになれる気がしていた。
その時は・・・。

結婚に関して色々と進めなきゃいけない一方、仕事もかなり忙しかった。
当時は出張も多く、ゆっくり春香と話し合える時間が少なかった。
だけど春香は俺のことを本当に理解していてくれた。

「仕事が忙しいんだから急がなくてもいいからね!無理しないでゆっくり進めていこうね!」

そんな風に、いつも俺のことを考えてくれていた。

そんなある日、俺の地元方面へ出張へ行くこととなった。
正直、地元にはいい思い出がなく、あまり気乗りはしなかった。
仕事を終え、せっかくだからと実家へ泊まることにした。
実家の最寄り駅に着いた時、事前に連絡していた中学時代の友達、シゲと再会した。
こいつは唯一心の許せる存在だった。
せっかくだからと近くの居酒屋で軽く飲むことになった。
下らない昔話をしながら飲んでいたが、しばらくするとやはり美玲の話題となった。
シゲは地元に残っていることもあり、結構情報通で彼女の現状も知っていた。
シゲの話によると、美玲は大学卒業後、彼女の父親が経営している会社で事務をやっているということだった。
男関係のことは知らないが、結婚はしていないみたいだという。
それを聞いて少しホッとしている自分が情けなかった。

酔っぱらったシゲは調子に乗って、「美玲の家に行ってみようぜ!」と言った。

俺は頑なに拒否したが、「家の前に行くだけだから!」とやけにしつこい。

仕方なく家の前までは付き合うことにした。
時間は21時を過ぎていたので、辺りはもう真っ暗。
居酒屋から歩いて10分くらいのところに美玲の家はあった。
会社経営しているだけあって立派な自宅だった。
すぐ目の前に小さめの公園があったので俺はブランコに腰掛けた。
シゲは酔い醒ましにコーヒーを買ってくると言い、近くのコンビニへ。
俺はタバコを吸いながらコーヒーを待っていた。

しばらくしてコーヒーを持って帰ってきたのは憧れの彼女だった。
俺は動揺してしまって、「えっ?!えっ!?えっ?!」くらいしか声を発せなかった。
美玲はそんな俺を見て、「驚かせてごめんなさい!」とやさしい笑みで謝ってくれた。

彼女は変わってなかった。
いや、大人の魅力が加わって、さらに綺麗になっていた。
再会するまでは自分の中で彼女のことを勝手に美化されているのではと疑ったこともあったが、想像以上に綺麗だったことに逆に驚いた。

落ち着いて話を聞くと、全てシゲに仕組まれたことだった。
俺が地元に帰ってくることを知ったシゲが美玲に連絡して、再会させてやろうと気を利かせたつもりだったようだ。
俺は美玲に謝った。
シゲが迷惑なことをお願いして悪かったと。
しかし彼女は予想外の返答をした。

美玲「違うの。俺君がこっちに帰ってくることがあったら教えてって、シゲ君にお願いしていたの」

俺「え?」

美玲「卒業式の時のこと、謝らなきゃいけないと思って・・・」

俺「謝るって・・・?なんで?」

美玲「せっかく告白してくれたのに、あんな感じになっちゃって・・・」

俺「いいよ。俺が勝手に告白して振られただけなんだから」

美玲「違うの。私も俺君が好きだったのだけど、周りに人がいっぱいいて恥ずかしくって・・・どうしたらいいかわからなくって」

俺「でも、『ごめんなさい』って・・・」

美玲「それも違うの!恥ずかしくてはっきり答えられなくって、ごめんなさいって言ったつもりだったの」

俺「え・・・」

美玲「でも俺君、あの後、すぐに走ってどこか行っちゃったから・・・」

俺「じゃあ、あの後に連絡してくれれば良かったのに・・・」

美玲「ごめんなさい。周りの子たちからも色々言われて、あの時はもう何もできなかったの。でもしばらくして本当に後悔して・・・本当にごめんなさい」

俺は何も答えられなかった。

(もう遅いよ・・・)

心の中でそう思っていたが、同時に心の奥に押さえ込んでいた美玲への思いが少しずつ蘇ってきたことを実感した。

「俺と付き合ってもらえませんか?」

気がついたら告白していた。

彼女は、「はい!」と目に涙を浮かべて返事してくれた。

そして俺は彼女にキスをした。
体中に電気が走った。
ずっと憧れ、緊張して会話すらできなかった美玲とキスをしている。
そのとき、俺の頭の中には春香はいなかった。

その日は連絡先を交換して別れた。
実家に帰り、1人で冷静に考えた。
春香への罪悪感がこみ上げてきた。
どうしたらいいか判らなかった。
しかし憧れの彼女と付き合うことができた喜びが春香への罪悪感よりも大きかったことを覚えている。

次の日、昼過ぎに実家を出た。
駅に到着すると美玲が待っていた。

「ごめんなさい。来ちゃった・・・迷惑だった?」

昨晩、おおよその電車の時間を教えていたが、まさか来るとは思わなかった。
夜の公園ではなく、明るい日差しの下で見る美玲は昨晩以上に素敵だった。

「謝らなくていいよ。嬉しい。ありがとう」

2人で手を繋いでホームに向かって歩いた。
人波溢れる駅構内を憧れの彼女と手を繋ぎ歩いている。
その状況がまるで夢のように誇らしかった。
歩いている途中でポケットの中の携帯が一瞬震えた。
嫌な感じがした。

美玲はホームまで見送りに来てくれた。

そして、「今度、そっちに行ってもいい?」と自信なさげに聞いてきた。

俺は「もちろん」と笑顔で答え、軽く抱き締めた。

だが、心の中では喜びと不安が入り交じっていた。
電車が出発すると、見えなくなるまで美玲は手を振ってくれた。
美玲が見えなくなると急いで携帯を確認した。
やっぱり春香からのメールだった。

『お母さんたち元気だった?今日は帰り何時頃になるかな?』

いつもならなんとも思わない文面だが、こういう時は疑われているような気分になる。
とりあえず、『みんな元気だったよ。今日は遅くなると思うから明日また連絡するよ』とだけ返信した。
電車の中では美玲と春香のことで頭がいっぱいだった。
本当は仕事のことでも抱えている問題もあったが、それどころではなかった。
そして最寄り駅に着く頃には心を決めていた。
春香とは別れる、と。
とはいえ婚約までしている春香になんて言えばいいのか。
説明したところで納得してもらえるわけがない。
とにかく悩んだ。

その日から1週間が経ったある日、仕事終わりに春香の家に行く約束をした。
春香には正直に伝えようと心に決めた。
春香の家に行くと先に帰宅していた。
春香は手料理を作って待っていた。

「あっ、お疲れさま!もう少しでできるからビールでも飲んでてね!」

いつものように明るく出迎えてくれた。
まさかこの後、重い話が待っているなんて予想もしていないのだろう。
俺はビールを飲みながらテレビを見ていたが、テレビの内容は全く頭に入らなかった。
いつ言おうか。
そればかり考えていた。

少しすると、「お待たせ!ご飯できたよ!」と春香の声。

春香はテーブルに食事を次々と運んできた。
春香は料理がとにかく上手だ。
いつもなら楽しみな食事なのに、その日は食欲が湧かなかった。
でも食べないわけにもいかず、箸を手に取ろうとした時、「ちょっと待って」と春香が言った。

春香「食事の前に話したいことがあるんだけどいいかな?」

俺「え?あ、うん」

春香「婚約、解消しよっか!」

俺「え!?」

春香「俺君、好きな人いるでしょ?」

俺「・・・うん。じつは今日、それを話に来たんだ」

春香「うん、わかってた。ずっと好きだった人でしょ?」

俺「え?なんで?」

春香「俺君、私と付き合う前に話したことあったもん。その人のこと、ずっと憧れてたって」

俺「・・・」

春香「この間の出張の時に会ったの?」

俺「・・・うん。でも会うつもりはなかったんだ!友達が・・・」

春香「もういいよ。俺君の心の中にその人がずっといることは前からわかっていたよ。でも私、俺君のことが本当に好きだったから言い出せなくって・・・ごめんね」

俺「なんで春香が謝るんだよ!悪いのは俺だけだから!」

春香「ううん。でも今まで本当にありがとう」

春香は目を真っ赤にして必死で涙をこらえていた。

春香「じゃあ、ご飯冷めないうちに食べよう!いただきま~す!」

無理して元気に振る舞おうとしている春香を見て申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、これでなんとか悩みが解決したと安心している情けない自分もいた。

食事を終え、春香と2人きりの状況に耐えられなくなった。
俺はそそくさと帰り支度を始めた。
春香はそんな俺に気を遣ってか、静かに1人洗い物をしていた。

俺「じゃあ帰るね」

春香「・・・うん。会社では会うと思うけど、いつもと変わらずにいてね」

俺「うん」

春香「今までありがとう・・・」

そう言うと春香は泣き崩れた。
俺は何も言えず、その場を立ち去った。
携帯に美玲からの着信があったが、その日はさすがに連絡できなかった。

翌朝、美玲にメールした。

『昨日はゴメンね!仕事で立て込んでて』

すぐに美玲から返信があった。

『ううん、こっちこそゴメンね!変な時間に電話して。来週1週間お休みをもらったから、そっちに行こうかと思って。ダメかな?』

春香の件が解決した今、美玲に会えるのが心から嬉しかった。

『OKだよ!スケジュール決まったら教えてよ!』

翌週、約束通り地元から美玲が来た。
俺も2日ほど有給をもらい、美玲と一緒にいられる時間を作った。
待ち合わせの駅に着いた。
美玲はやっぱり綺麗だった。
周りを見渡しても美玲に敵う女性はいないと思えた。
一緒に歩いていても、他の男性が美玲を見ているような気がして誇らしく思えた。
これは春香と付き合っていた頃には味わえなかった喜びだった。

その日は初日ということもあって、軽くデートしてから小洒落たレストランでディナーを食べた。
こういうお洒落なレストランには春香とはほとんど行ったことなかった。
2人して場違いなんじゃないかと緊張してしまうからだった。
綺麗な美玲と一緒に行くと、優越感からか不思議と自信を持てた。

食事を終え、「ホテルまで送るよ」と言うと、美玲は照れくさそうに、「ホテル、予約してないよ・・・」と。

俺は心中ドキドキだったが、「じゃあ俺の家でもいいかな?」と冷静に言った。

美玲は顔赤くして、「うん」と恥ずかしそうに言った。

帰りがけに見たかったDVDを借りて部屋に着いた。
ビールを飲みながらDVD鑑賞。
そして隣には憧れの美玲。
本当に幸せだった。
DVDの内容はほとんど頭に入ってこなかった。

俺は我慢できなくなり、美玲を抱き締めてキスをした。
美玲は驚いた様子だったが黙って受け入れてくれた。
今回のキスはこの間とは違い、舌を絡ませる濃厚なものだった。
憧れの美玲とディープキスをしている状況に頭がクラクラするほど興奮していた。

ただ、美玲の口臭が少しだけ俺を冷静にさせた。

<続く>