初めまして、由香と申します。
私には遠距離恋愛中の20代後半の彼氏がいますが、知的障害者を中心に多くの人と肉体関係を持ってしまいました。
1年も経たないうちに経験人数は100人を軽く超えています。
両親や彼氏に申し訳ないという気持ちはもちろんありますが、もう普通には戻れそうにありません。

まず簡単に自己紹介します。
年齢は19歳です。
身長は149cmと低く、細身な体型なくせにバストサイズはGカップです。
チビデブにはなりたくない一心でスタイル維持だけは頑張ったので、くびれもあります。
顔は・・・そこそこ良い方なのかな?
元ももクロの早見あかりさんに微妙に似てるかもと友人に言われましたが・・・あくまで「微妙に」らしいですw

本題に入ります。
私は大学入学当初からボランティアサークルに所属しているのですが、その活動のほとんどは知的障害者の施設で、障害者やその親と交流をすることがメインでした。
私自身、初めは色々な偏見を持っていましたが、少しずつ彼らとも打ち解けていくことが嬉しかったです。
もちろん時には暴力を振ってきたり、性的な悪戯をされることもありました。
彼らの多くは感情や欲求を理性で抑えることができず、また正しい処理方法をとれないそうです。

自己紹介でも書いた通り、私は背が低いくせにおっぱいだけが目立ってしまうので、知的障害者の方たちの悪戯の対象になってばかりでした。
中でも、裕太という30歳の知的障害者は異常な性欲でした。
こう言っては失礼ですが、彼の顔は今まで会った男性の中で一番不細工でした。
チビデブハゲの三拍子に加え、目はやけに細く、豚みたいな鼻、顔はニキビだらけ。
歯も黄ばみ、口臭も酷いので、サークルメンバーも裕太のことだけは常に避けているようでした。
そのため、私だけが裕太のそばにいる状態が続きました。
夏になる頃にはすっかり馴れ馴れしくなり、私を見つけると後ろから抱きついて、おっぱいを鷲掴みにするようにまでなったのです。

じつは私自身、身体を触られることに関してはあまり悪い気はしていませんでした。
遠距離恋愛中の彼氏となかなか会うことができず、欲求不満状態だったからです。
恥ずかしながら、彼氏が転勤する前は週に4~5回はセックスをしていたので、たった数ヶ月でも我慢の限界に来ていたようです。
周囲の友達は彼氏と楽しくセックスしてるのに、私は1人でオナニー。
その時はなぜか裕太に激しく犯されていることを思い浮かべながらでした。

そんな私の様子に気付いたのでしょうか、ある日、裕太の母親に今から家に来ないかと誘われたのです。
裕太ママは障害者を持つ親たちの中ではリーダーのような存在でしたし、断れませんでした。
そして家に着くや否や、開口一番で私にこう言いました。

「セックスボランティアって知ってる?興味あるなら裕太ちゃんとどう?」

一瞬、私は固まってしまいました。
もちろんその内容は知っていますが、これは同性同士でやる場合がほとんどで、せいぜい手淫で射精させる程度だと記憶しています。
その確認をすると、裕太ママはコンドームの入った箱を取り出し、続けました。

「避妊はするから、できれば最後までやらせてあげて欲しい」

妄想ならまだしも、さすがに障害者とセックスなんて自分にはできないし、断ろうと思いました。
しかし裕太ママは私に口を挟ませず、障害者が性処理でいかに不幸な立場にあるかをひたすら説き続け、土下座して泣き出したかと思えば、最終的に私を罵倒しはじめる始末でした。

「だらしないおっぱいを揉まれて感じてたくせに!?」
「裕太ちゃんはあなたと結婚したがってる!!」
「セックスしたくないのは裕太ちゃんが障害者だからなの!?差別だわ!!!」

怒鳴り散らす裕太ママに対して、私はなぜか可哀想だと思ってしまいました。
確かに彼らへの同情はあります。
しかし、彼氏を裏切れないとも思い葛藤しました。
でも、その時の私は本当にセックスに飢えていたんです。
半ば脅されて仕方なかった、これはボランティアだということを逃げ道に、私は裕太とのセックスを了承しました。

それなりに防音になっているという裕太の部屋に布団を敷き、私たちは服を脱ぎました。
私が全裸になると、裕太はすかさずおっぱいを鷲掴みにしたり、乳首をしゃぶりだしました。
「あう、あうああ」と意味不明なことを言いながら、ひたすらにおっぱいを弄られました。
彼氏も私のおっぱいをロケット型だと言いながら嬉しそうにしゃぶっていたのを思い出し、再び罪悪感に苛まれましたが、すぐに快感に身体を震わせ布団に倒れ込んでしまいました。

裕太のおちんちんは想像以上に大きく、ギンギンに硬く勃起して臨戦状態でした。
裕太ママの指が私のおまんこの中を探るように出し入れされましたが、クチュクチュと愛液が立てる音からもすでに十分過ぎるほど濡れていました。

「ほんっと、あんたはエッチな子だねぇ・・・あ、ゴムはあんたが付けてやりな!」

「えっ!?ちょっと待っ・・・」

コンドームは相変わらず箱に入ったままで、私がその事に気付く瞬間にはもう裕太のおちんちんが私のおまんこにねじ込まれようとしていました。
勢いよく奥まで突かれ、私は身体を反らせていきなりイッてしまいました。

「っあぁんん!!」

「やだ、この子ったら潮まで吹いてる・・・やらしいわー」

裕太ママの言う通り、私のおまんこから吹き出した愛液は、シーツをぐしょぐしょに濡らしていました。

その後は裕太が本能の赴くままに腰を振りはじめました。
パンパンと身体がぶつかり合う音、裕太の不気味な喘ぎ声、そして私の甲高い喘ぎ声が部屋に響いていました。
その様子をいつの間にか撮影しはじめる裕太ママの姿が視界に入りましたが、もうそんなことを気にする余裕もありません。
久しぶりのおちんちんに、私はおかしくなるほどに感じていたのです。

私は自然と自分の好きなバックの体位になるよう裕太を誘導していました。
そして彼の動きに合わせ、一緒に腰を振りはじめていました。
激しく揺れる私のおっぱいが気になったのか、ピストンをしたまま裕太が両手でおっぱいを鷲掴みにしてきました。

「あっ・・・イイっ!おっぱい・・・イッちゃうぅうう!!」

イクと同時におまんこを締め上げるようにしてやると、裕太の喘ぎもさっきまでのものと違うものになりました。

「あ、あー!・・・き、もち~!きもぢー!ああふっ・・・おおおおおおおおっ!!!」

おまんこの中で裕太のおちんちんがドクンドクンと脈打つのを感じ、射精されたことに気付くと同時に、コンドームを付けていなかったことも思い出しました。
裕太のおちんちんがぬるりと抜けると、私のおまんこからは精液が少しずつ垂れてきました。
その様子を逃すまいと裕太ママは真剣に撮影していましたが、私は放心状態でした。
その後、しばらくして再び勃起した裕太が私に迫り、もうどうでも良くなった私は自分から騎乗位になって腰を振っていました。

裕太が疲れ果て眠りに就いたのは、4回ほど射精した後でした。
寄り添って倒れる私のおまんこは愛液と精液でグチョグチョでした。
倒れたまま肩で息をする私に、裕太ママは先ほどの動画を見せつけてきました。
そこに映し出された自分を見て改めて私は、自分がエッチな女だと気付かされます。
醜い男と本能のままセックスをする私。
低い身長に不釣り合いなおっぱいを激しく揺らしながら、自らも腰を振ってはひたすら喘ぐ。
何回も潮を噴いてイキまくる姿はとても自分とは思えないほどに淫猥な姿でした。

「由香ちゃん・・・気持ちよかった?」

「・・・はい・・・」

「またお願いね?」

「・・・はい・・・」

当初、裕太ママはこの動画で私を脅すつもりだったようです。
彼に対する罪悪感。
知的障害を持つ不細工な男とセックスする嫌悪感。
この2つがあるからこその快感だったことに気づいた私は、ただ頷くしかありませんでした。

そして現在に至ります。
裕太の家には決まって土日だけ呼び出されます。
その際には、裕太ママの紹介で他の障害者や施設の職員とすることもあります。
すっかり依存症になった私は、週2日では我慢できず、出会い系等でなるべく不細工な人を見つけてはセックスをするようになってしまいました。
こちらは中年のおじさんや高齢者が多かったです。
私の中ではあくまでボランティアですのでお金は要求していませんが、渡されれば受け取るようにしています。
実家暮らしで生活費はかからないとはいえ、避妊のためのピルを買ったり、自分の身体のケアにはお金がかかりますし・・・。
性病の不安が無さそうな人たちには相変わらず生で挿入させていますが、さすがに行きずりの人とするときはコンドームをしてもらいます。
たまにそれを無視されて生で挿入されたりしますが、今のところ性病にはなっていません。

彼氏とは相変わらず数ヶ月に1回ほどしか会えていませんが、会えばセックスをしています。
私のおまんこが、すでに100人以上のおちんちんを咥えていることには全く気付いていないようです。
いつバレてしまうのか、その瞬間を思うと不安となぜか期待で気持ち悪くなってしまうこともあります。
ただ、親にはもうバレてると思います。
毎晩、娘が外でシャワーを浴びて、精液と石鹸の混ざった臭いをさせて帰ってくるのですから・・・。

長々とありがとうございました。
また機会があれば、他の方たちとのセックスについても書きたいと思います。