これは僕が高3の秋の話です。

18歳になったばっかりの僕は高校の仲間2人とレンタルビデオでアダルトビデオを借りてきて、当時は平日の昼間は僕の家には誰もいなかったので、仲間と僕の家で学校をサボって見ていました。
普通の女優のビデオは以前も見たことがあったので、その日は40代のいわゆる熟女モノのビデオを借りました。
その当時は今よりも熟女がブームではなかったので種類が少なくて、僕たちが借りたものもオーソドックスなセックスが映っているものでした。
ここでまさかの出来事が起こってしまったんです。

当時、さすがに友達の前でオナニーをするのはお互いに恥ずかしかったので、隣の部屋で交代で抜いていたんです。
その部屋にはベランダがあって、洗濯物が干してありました。
僕が朝の8時に家を出て、母が8時半頃に家を出て、帰ってくるのは僕が夕方の5時過ぎで、母は4時頃に帰ってくるといった感じで、母が出かけてから帰ってくるまでは家には誰もいない状況でした。
しかしその日、僕は一旦は学校に出かけて、母がいなくなってから仲間と家に戻ってAV鑑賞をしていました。
ここで偶然が重なって、僕たちの性欲に火をつけてしまったんです。

たまたまその日はオナニー部屋に仲間が先に行ったんですが、僕は洗濯物があることに気づいてはいましたが、まさかあんなものが干してあるとは思いもしませんでした。

「おい、来てみろよ」

部屋に入った仲間が僕たちを呼びました。
行ってみると、そいつは真っ赤なレースの胸からヘソのあたりまであるロングブラを着けていて、下半身には同じ生地のいかにもセットのようなガーターベルトと網タイツとTバックのスケスケパンティを穿いていました。
それを見た、もう1人の仲間が、「お前、それどうしたんだよ?」と聞くと・・・。

「博之の母ちゃんのじゃねーのか?ここに干してあったぜ」

よく見ると、それ以外にも同じようなランジェリーが外からは見えないように、組み合わせで言うと5セット分ほどがまとめて干してありました。

「俺、こんなエッチな下着、実際には初めて見た」

仲間の1人がそう言って、おまんこが当たっていた生地の部分の匂いを嗅いでいました。
そして、なんとそいつは物干しからそれを取り、自分の勃起したモノに被せてしごきだしたんです。
パンティの生地がちんぽ汁で湿っていくのが見る見る分かりました。
僕自身も母親がそんなランジェリーを着けているとは全く知りませんでした。
しかし気が付くと、3人ともお互いのオナニー姿を見られることなど全く気にせず、母のものであろうパンティでオナニーをしていました。

そして3人みんなイッた後、3人のザーメンまみれのパンティの処理など気にもせず、仲間の1人が言いました。

「博之の母ちゃん、いっつもこんなの穿いてセックスしてんのかな?」

僕も気になって仕方がありませんでした。
普段の母の下着は風呂場の脱衣場のストッカーに入っていて、家族それぞれそこに自分の棚があって、そこに入っているものだけだと思っていたからです。
なら、これらのランジェリーはどこに仕舞ってあったのだろうと考えました。
すぐに答えは出ました。
確証はなかったのですが、それは両親の寝室のクローゼットです。
そこの中にはいくつかタンスがあって、両親も僕がそんなところを開けることなどないと思っていたはずだからです。

すぐに僕らは下半身裸のままでその場に向かいました。
その中のタンスをいくつか開けていくと、ありました。
干してあった以外にもたくさんのランジェリーが。
しかも、それだけではありません。
男のモノの形をしたバイブや女王様のようなボンテージ、それに看護婦さんの衣装まで。
これだけならまだ良かったんですが・・・。

それらが入っていた引出しとは違う引出しに、20数本のビデオテープがありました。
それらはアダルトビデオのような売られている物ではなく、明らかに生テープに何かを録画したものだと分かりました。
そしてタイトルがつけられていました。

『2人の愛の歴史』
『淫乱妻のオナニー』
『人妻の熟れたザクロ』

市販のアダルトビデオのようなタイトルが自筆で書かれていました。
そのときはアダルトビデオをダビングしたものだと思い、部屋に戻って『淫乱妻のオナニー』を見てみると、なんと母親がいやらしいランジェリーを着けてカメラに向かって股を広げ、おまんこの部分が穴の空いているパンティで、自分のおまんこを、「ああ~ん、ああ~ん、感じる~、ねえ見て、私のおまんこ濡れてる?」などと言いながらグチョグチョと音を立てて掻き回していました。
その表情は母ではなく1人の女でした。
まるでカメラ目線で僕を見つめ、僕のちんぽをねだるようでした。

それ以外のテープも見ました。
すると、もっとすごいものが映っていました。
なんとカメラを父親が回して、その前で純白のガーターベルトにTバックのパンティに乳首が丸見えのブラを着けて看護婦の衣装を着た母が、父の回すカメラの前で父以外の複数の男とセックスをしているのです。
母はザーメンまみれになっていました。
それを見たもう1人が言いました。

「俺、博之の母ちゃんとやりてー」

もう1人も言いました、「俺も」と。

「なあ、やろうぜ」

「俺、こんなの見たらもう我慢できねえよ」

僕自身も変態と思われるでしょうが、そのときは母を“女”として見てしまっていたので同意してしまいました。

方法は、一言でいうとレイプです。
和姦などできるはずがありません。
仲間の1人のアイデアで計画は進みました。
その方法とは、そいつの婆ちゃんが常用している睡眠薬を使って、母に気づかれずにセックスをして、セックスした後はおまんこを綺麗に元通りに戻すというものでした。
その睡眠薬は一度使うと3時間は起きないそうです。
ですが、念のために2時間で終わらすということで計画しました。

実行の日は母が仕事が休みの平日にしました。
仲間を近所の公園に待たせておいて、僕が薬入りのお茶を飲ませました。
さすがにドキドキでした。
薬は見事に効きました。
10分後、部屋に戻って見ると、母は何も知らずにソファーで寝ています。
どんなに揺すっても全く起きず、思い切って母のパンティの上からおまんこを触ってみましたが全く起きません。
僕はすぐに仲間を呼びに行き、母を担いで寝室のベッドに行き、母を全裸にしました。
僕たちがしたことは、それぞれが好きなランジェリーを着せて母を抱くということでした。

さすがに仲間は僕より先にやるのは悪いと思ったらしく、「お前が先にやれよ」と言いました。
僕は遠慮なく、自分の好きなランジェリーを選んで行為に及びました。
仲間の2人は僕が母を犯すところをビデオカメラで撮っています。

まずは母の足を持ち上げ、パンティの上から母のおまんこを舐め回しました。
すると驚いたことに、寝ているはずの母が寝ぼけたような声ではありますが、「あ~ん、あ~ん」と喘いだのです。
僕らは一瞬、凍りつきました。
しかしすぐに冷静になり、行為を続けました。
母のパンティを脱がすと、おまんこはほんのりと温かく濡れていました。
興奮した僕は、母のおまんこを音を立てて舐めました。
寝ていても僕の動きが激しくなるにつれて母の喘ぎ声が激しくなります。
しかも僕が唇にちんぽを当てると、それがちんぽだと分かっているのかいないのか、吸い付いてきます。
眠っているので首を前後に振るわけではないのですが、明らかに吸い付いてきます。
まるで僕のちんぽからザーメンを吸い出すかのように。
その後、眠っている母の上に乗って69もしました。

次に挿入です。
その時の僕は童貞でした。
もちろん僕以外の2人も。
僕は初めて、おまんこにちんぽを挿し込みました。
しかも生で。
なんとも言えない感触でした。
ここでも僕はビックリしました。
僕が腰を振って母のおまんこに突き刺すたびに、母が「うっ」と言って僕に抱きついてくるのです。
頭は眠っていても、体は感じているようでした。
そしてなんと僕は正常位で母の中でイッてしまいました。

他の2人も同じように母の体を愛しました。
さすがに他の2人はコンドームを用意してきていて、イク瞬間に抜いて外に出していましたが。

最後は3人同時に母を抱きました。
僕が母のおまんこを突き、もう1人が母の口に自分のモノを差し込み、もう1人は母に抱きついておっぱいを吸っていました。
母はまるで起きている時と同じくらい、「あん、あ~ん」を喘ぎ声を上げていました。
結局、母は3人分のザーメンまみれになりました。

僕らは母に着させたランジェリーを元に戻して、母の体やおまんこをウェットティッシュで綺麗に拭きました。
そして着ていた服と下着をつけさせて、最初に眠っていたソファーに抱えて戻しました。

信じられないかも知れませんが、見事に気づかれずに成功したのです。
母は眠ったまま、高校生3人の童貞を奪ったのです。
母は今でも気づいていません。