毎年義父から採れた野菜が送られてきたんですが、その年は野菜が送られてこなかったので心配になり、仕事がある夫と学校がある息子を残して、私は1人で朝から車を走らせて田舎に行ったんです。
すると家の畑は荒れ果てていて・・・。
(まさか、お義父さん!)
急いで家に行くと、お義父さんは他界した義母の下着(ブラとショーツ)をつけてウロウロと家の中を徘徊していました・・・。
(お義父さん・・・認知症だ・・・)
私はすぐに気づきました。
(なんで誰も連絡してくれなかったの?)
家に入ると居間の方から、「高梨さん~、それは奥さんのですよ~」という声が聞こえてきました。
(え、誰?)
その女性は介護師さんでした。
彼女から、義父は認知症になった時、携帯や連絡先のあるメモを全部捨ててしまい、親族の連絡先がわからない状態だったと説明されました。
そして、今は一応1人で日常生活は出来ているが、それでも多くの問題行動があり、現在は介護施設に入っていて、その日はたまたま帰宅日だったと言われました。
私はすぐ夫に連絡して義父の状況を説明しました。
介護師さんは「ここまで認知症が進んでしまうと自宅での介護は大変なので、施設に預けるのも一つの策ですよ」と言いましたが、夫が「施設なんかに親父を入れられるか!」と言い、自宅で介護することになりました。
私も義父にはとてもお世話になったので夫の考えに賛成でした。
(家族だもん。義父の面倒は家族みんなで見ればいいわ)
幸い夫は高給取りなので、介護ケアの人も定期的に来て手伝ってくれるし、私は可能な限り義父を介護する気でした。
しかし義父を家に連れて帰る前に、私の心は折れそうになりました・・・。
義母のブラジャーとショーツ姿の義父に、「お義父さん、こっちの自分の穿きましょうね」と言っても、「それはワシのじゃない!誰じゃお前は?」と私のことも覚えていないし、下着を穿き替えてくれないんです。
(これが認知症症ね・・・)
とにかく私は今の現状を受け入れることから始めました。
「お義父さん、わかったわ。じゃあ洋服だけ来て家に行きましょう?」
「む?どこの家じゃ?」
「お義父さんの息子のアツシの家ですよ」
そう言うと、「ワシには息子なんておらん!」と言って、下着姿のまま、また部屋の中をウロウロするんです。
介護師さんが、『ほらね?家に連れて行っても面倒を見るのは無理よ』という感じで見てきますが、義父を見捨てるなんて出来ません。
「お義父さん、私よ!あなたの息子の嫁の恵利よ!」
私は女性用下着をつけた義父の肩を掴んで目を見据えて言いました。
すると義父はハッとした顔をして、「あー恵利さんかい?どうしたんだい?何かあったのかい?」と。
(あ、治った!)
私は凄く喜んだんですが、介護師さん曰く、「今はまだちゃんとした時もあるけど、すぐにまた呆けた状態に戻ってしまって、進行するとずっと呆けた状態になってしまう」と悲しそうにおっしゃっいました。
(そうなのね・・・それが認知症なのね・・・)
でも私には落ち込んでいる暇などありませんでした。
今、ちゃんとした状態の義父を連れて帰ることが最善策だと思い、すぐに荷物をまとめて義父に洋服を着せて車に乗せて出発したんです。
義父は「何事か?」とびっくりしていましたが、義父に今の状況を説明して、同居以外には手がないと説得しました。
義父は私の話を聞きながら、「情けない・・・自分がそんな事になってるとは・・・」と泣いてしまいました。
「お義父さん、私達がいるから心配しないで、家族だもん大丈夫よ」
「しかし恵利さんやアツシやマナブ(孫)に迷惑がかかる。ワシはこのまま施設に入ったほうがいいと思うんだ」
「いいえ!施設なんかには絶対入れません。お義父さんの世話を私たち家族にさせてください!」
また義父は涙を流しました。
そして疲れたのか眠ってしまいました。
そのまま自宅まで車で3時間の長旅でしたが、ずっと義父は寝ていました。
しかし、自宅についてからが地獄でした。
義父を起こすと・・・。
「ここはワシの家じゃない!」
「これはワシの服じゃない!」
大騒ぎして洋服を脱ぎ、タンスを片っ端から開けてブラジャーとショーツを探し始めるんです。
「どこじゃー私の服はー!」
叫びながら義父は浴室に行き、洗濯物の中から私のブラとショーツを見つけると、全裸になってそれを身に着けるんです。
私の下着を装着するとやっと落ち着いたようで、お義父さんのために用意した部屋に案内すると、ようやくくつろいでくれました。
(夫と息子が帰った時に、なんて説明すればいいのか・・・)
じつは夫にはショックだと思って、義父が女性用の下着を着ける癖のことは黙っていたんです。
(でも、もう隠しきれない・・・どうしよう・・・)
私が思案に耽っていると、義父が突然、私の胸を掴んできました。
「お、お義父さん?」
「おっぱい・・・ええおっぱいじゃ・・・」
そう言いながら虚ろな目をして義父が私の胸を揉んできました。
「お義父さん、いけません!こんな事は駄目です!」
私ははっきりと義父に言いました。
そしたら義父は言うんです・・・。
「じゃあ帰る!ワシは家に帰る!」
玄関に1人で歩いていこうする義父。
(お義父さん・・・何よそれ・・・おっぱいを触らせてあげないと帰るって・・・一体自分が何を言っているのかわかってるの?)
義父は私の下着をつけたまま外に出ようとしているんです。
(そんな姿でお義父さんを外に出せない・・・胸だけ・・・それで満足してくれなら・・・)
「お義父さん、いいわ・・・。おっぱい触って・・・」
私が言うと目をギラギラさせた義父が戻ってきて、私の胸を揉みました。
「ええおっぱいじゃー、ええおっぱいじゃー」
「お義父さん、私が誰がわかりますか?」
胸を揉んでいる義父に聞くと・・・。
「わからんが、触らさせてくれるんだから、ワシのこと好きな誰かじゃろ!」
「・・・」
私はがっくりして力が抜けました。
でも義父は服の上から私の胸を揉み続けています。
そして私の手を握ると、自分の股間の上に持っていったんです。
「ほら、触ってくれ。ワシのも触ってくれ。もう爆発しそうなんじゃあ」
そう言いながらショーツの上から若干硬くなったペニスを握らせようとしてくるんです。
「もう嫌っ、お義父さん・・・」
「ちょっとだけじゃ・・・お願いじゃ、ここにいるから」
また痛いところをついてきて・・・。
義父に言われるがままショーツの中に手を入れられ、義父のペニスを握ったんです。
「ほれ、手を動かしてくれ」
そう言いながら勝手に腰を振り始める義父・・・。
私には洗濯の余地がなく、そのまま手コキをしたら70代なのに勃起して・・・。
そして射精までしたんです。
勢いはありませんでしたが、ドロドロと亀頭から精液が溢れてきて、畳の上にペタペタと流れ落ちました。
私はすぐにそれを拭きました。
「お義父さん、もうスッキリしたでしょ?ご飯を作るからテレビでも観ていてね」
射精したことで幾分落ち着いたのか、義父は洋服を着てくれて、リビングのソファに座って静かにテレビを観ていてくれました。
そして夫と息子が帰ってきたときには、やや認知症の症状は出ていますが、先程の酷い状況よりは何倍もましで、一応家族としてのコミュニケーションがとれました。
義父は夫のサポートでお風呂に入り、床に就いてくれました。
こうしてなんとか初日は終わったんですが・・・。
次の日、夫と息子がいなくなると、義父はまた私の下着を着て私に卑猥な要求をしてくるんです。
「胸を舐めたい」
「アソコに触りたい」
「フェラチオしてくれ」
要求は日に日にエスカレートしてきて・・・ついに私は義父に抱かれてしまったんです。
畑仕事で鍛えた70代の義父に犯される私・・・。
(いつか夫や息子にバレて家庭が崩壊してしまう・・・)
わかっていても、下着姿で「もう帰る!」と言う義父を見ると何も出来ず、私は義父を受け入れるしかないんです。
こんな事がいつまで続くかわかりませんが、認知症とはいえ義父は大切な家族ですし、これからも出来る限りのことをしてあげたいと思っています。