そいつは裕太といって、いつも練習はサボるし、部活に顔を出してもふざけているし、女子部員の更衣室を覗こうとしたこともありました。
とにかく私は裕太が嫌いでした。
そんなある日。
大会が近いので自主練習するためにかなり早くプールにいました。
私が準備をしていると裕太が現れました。
「練習しないくせに早いんだね」
私は嫌味っぽく言いました。
「俺は練習しなくても勝っちゃうからいいんだよ」
その言葉にイラっとした私が「バッカじゃないの」と返すと、裕太が「じゃあ俺と勝負してみる?」と言ってきました。
「私が勝ったら水泳部を辞めてくれるならいいわよ」
半分冗談で言い返すと、「なら俺が勝ったら部長に土下座して謝罪してもらおうかな」と笑っていました。
その態度とニヤケ顔に腹が立った私は、その条件を呑みました。
私は勝つ自信がありました。
確かに裕太はタイムが速いですが、練習もろくにしないようなヤツに負けるわけないと思っていました。
プールには2人しかいないく、審判がいないため、ルールは50mをクロールで泳いで先にプールサイドに上がったほうの勝ちと決めました。
そしてスタート。
折り返しの25mまではほぼ互角。
私はいけると思いました。
しかしウォーミングアップ不足で後半あまり伸びなかったのと、裕太の実力が思っていたよりも上だったため、私が50mを泳ぎ終えプールサイドに上がろうとしたときには裕太はもうプールサイドから私を見下ろしていました。
私の負けです。
「いやー楽勝楽勝」
そう言われてますます腹が立ちました。
「さてと、土下座しようか?」
ニヤニヤしながら私のほうを見てきます。
悔しいですが、約束をしたので私はその場で正座をし、手を前に添えて頭を少し下げました。
「・・・ゴメン」
ポツリと謝りました。
「はぁ?そんなんじゃ土下座じゃねぇし。声も小せぇし」
私は、「もう1回、もう1回勝負して」とお願いしました。
すると以外にもあっさりOK。
「ただし、次もお前が負けたら、ちゃんとした土下座プラスもっとキツい罰だからな」
私は黙って頷きました。
ルールは1回目と同じ。
今度こそ負けるわけにはいきませんでした。
そしてスタート。
出だしで遅れてしまい、前半で勝負はついてしまいました。
私がゴールするよりも早く、裕太はプールサイドに上がっていました。
「さぁ、土下座しようか」
このニヤケた顔。
何回見ても腹が立つ。
「すみませんでした!」
私はさっきよりも頭を下げ、さっきよりも声を大きくしました。
しかし裕太は、「ちゃんと頭を地面につけて。『裕太さん、調子に乗ってすみませんでした。もう反抗しません』だろ?」と言い、私の頭を地面に押しつけました。
「裕太さん調子に乗ってすみませんでした。もう反抗しません」
ゲラゲラ笑う裕太の声に私は悔しさで震えました。
「じゃあ、あと10秒、そのまま土下座してたら許してやるよ」
私は心の中で10秒数え始めました。
すると土下座する私の頭に何か温かい液体がかけられました。
「何これ!?」
それに気づいたとき、私の心は完全に折れました。
頭にかけられたのはおしっこ。
裕太は私の頭めがけて放尿してきたのです。
「ふぅ、すっきりした」
そう言い残して裕太はどこかに消えました。
大好きな水泳をバカにされたこと、練習もろくにしないヤツに負けたこと、嫌いなヤツに土下座させられたこと、頭に放尿という屈辱を受けたこと。
悔しさを通り越して情けなくなりました。
そしてその場に崩れ落ちてしばらく泣き続けました。
翌日、私は水泳部に退部届を出しました。