『茶髪』のその男の子は、女湯への木戸に顔をくっつけていました。
向こう側を覗こうとしているのがわかります。
後ろを振り返って・・・。
「・・・◯△×・・・□×△・・・」
もう1人の『おデブ』な男の子に何か言っているようでした。
今、女湯には誰もいないのに・・・。
彼らはそれを知りません。
おデブも、木戸の周りに近づいていきます。
2人とも、なんとかして中を覗こうとしています。
私にはわかっていました。
木戸のすぐ向こう側には石垣のような部分があります。
ですから、あの位置から覗いたところで中の女湯が見えるわけではありません。
心の中で不安の黒い雲がどんどん広がっていきます。
さっきの悪い予感が的中しようとしているのを感じていました。
(ああ、やめて)
茶髪が、そっと木戸を開けています。
そして1人で女湯に忍びこんで行くのが見えました。
(まずい、まずいよ)
中には誰もいません。
彼らも、それがわかったのでしょう。
茶髪に招き寄せられたように・・・おデブも木戸の中へと入っていきます。
(だめ、だめ、どうしよう)
上から眺めながら、もう死にそうに絶望的な気持ちでした。
私のトートバッグ・・・お財布、車のキー、脱いだ服・・・。
ぜんぶあそこに置きっぱなしです。
(もし持って行かれてしまったら・・・)
思わず岩陰から飛び出していました。
今、この瞬間を逃せば・・・本当に取り返しがつかなくなる。
階段道を、死にもの狂いで駆け下ります。
(まだ・・・まだ出てこないで)
心臓が爆発しそうでした。
2人の姿は、まだ木戸の向こうに消えたままです。
(イヤぁ、お願い)
一気に階段道を下っていました。
(まだ出てこないで)
全裸のまま男湯まで降り立ちます。
(お願い)
そのまま横切るように突っ切りました。
(ドキドキ・・・)
端っこのコンクリート部分に手をつきます。
体を反転させながら、(間に合った)・・・護岸の下に下りていました。
頭を低くして護岸の陰に隠れます。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」
思わずしゃがみ込んでいました。
完全に息が切れています。
なんとか見つからずに、ここまで来られました。
(なんとかなる)
光が見えてきた気がして希望が湧いてきます。
休んでいる暇はありませんでした。
(荷物を漁られる前に戻らないと!)
護岸の下で頭を低くしたまま・・・川べりの土台を女湯へと這っていきます。
必死でした。
対岸は森です。
見ている人などいるはずもありません。
そう自分に言い聞かせて、這いつくばるように川べりを伝っていきます。
(なんとかしないと)
言い訳を思い浮かべます。
どう振る舞えばいいのでしょう。
考えがまとまりません。
ついに女湯のそばまで辿りつきました。
「はあ、はあ、は・・・」
気配を殺して耳を澄ませます。
「・・・やんか」
「お前の・・・□△◯・・・×・・・」
彼らの声が聞こえてきています。
(ドキドキ・・・)
見つからないように、岩とすだれとの境目から、そっと女湯の様子を窺いました。
(あっ)
見たくない現実がそこにありました。
「・・・んやろか?」
「そんなはずねーじゃん」
おデブが私のトートの中を探っています。
(勝手に触らないで!)
怒りたい気持ちをぐっとこらえます。
(あああ)
茶髪の手には私の下着がありました。
さっき脱いだ私のショーツを広げています。
(ばか!やめてよ)
内側をジロジロと眺めています。
やはり2人とも大学生くらいの感じでした。
別に見たいわけではないですが・・・。
2人のおちんちんが、丸見えです。
(どうしよう)
信じがたい状況でした。
まさかの展開に、どんどん危機感を煽られます。
(どうしよう)
荷物だけあって、持ち主の姿がない・・・。
彼らも、さすがに怪訝な顔をしていました。
きょろきょろと周りを見渡すその表情が私を追い詰めます。
茶髪が私のパンツを自分のおちんちんに被せていました。
グルグルなすりつけながら、おどけたようにおデブに見せつけています。
「はははは」
2人してゲラゲラ笑いながら・・・。
おデブは私のストッキングを手に取っていました。
鼻に押し付けて、匂いを嗅いでいます。
(どうしよう?)
このまま荷物を持っていかれたら、もうおしまいです。
そう思うと居ても立ってもいられません。
(彼らを追い払うしかない)
とりあえず私はもうここに戻って来ています。
あの子たちに、さっきまでの奇行(?)を知られたわけではありません。
覚悟を決めていました。
女湯に今、忍び込んで来ているのは彼らのほうです。
私は、ちょっと涼みに護岸の下に下りていただけ・・・。
そう考えれば、こっちに非はありません。
(大丈夫。なんとかなる)
悪いのは向こうなんだから・・・。
相手は私より年下です。
強気で行くしかないと思いました。
川べりの土台で身を屈めていた私は、(ドキドキ・・・)首だけを、そっと護岸の上まで出しました。
まだ2人とも私には気づいていません。
(やるしかない)
大きく息を吸って・・・。
「ちょっとあんたたち!人の荷物に何やってんのよ!」
いきなり怒鳴るように叱りつけました。
2人ともびくっと固まって、こっちを向きました。
突然のことに仰天したようです。
呆然としたまま・・・。
護岸の下から顔だけを出している私に目を丸くしています。
「こっちは女湯でしょ!なんで入って来てんの!!」
私の剣幕に驚いたおデブが・・・。
「うわ」
慌てて木戸の向こうへと逃げて行きます。
茶髪も、ばつの悪そうな表情を浮かべて・・・何度も私のほうを振り返りながら、ようやく木戸の向こうへと帰っていきます。
ガタタッ、ガタン。
戸を閉める音がしました。
岩場の向こう側から2人の声が聞こえてきました。
「やっべぇ、焦ったー」
「いるやんかー◯△□・・・」
「あははは・・・はは・・・は・・・」
次第に声が遠ざかっていきます。
(よかった)
その場にへたり込みそうになっている自分がいました。
(助かった)
ほっと胸を撫で下ろしながらも、もう立っているのがやっとです。
コンクリートに手をつきました。
冷え切った体がもうガチガチです。
護岸の出っ張りに足を引っ掛けました。
勢いをつけて女湯に這い上がります。
ざばっ!
そのまま湯溜まりに飛び込んでいました。
(熱い)
お湯の温もりが全身に染み渡ります。
(助かった)
なんとか戻って来られた今のこの状況が、まるで夢のようでした。
一時はどうなるものかと思いましたが・・・。
(良かった)
ほっとして、なんだか放心してしまいそうです。
(助かったんだ)
まさに九死に一生を得たような気持ちでした。
もし途中で見つかりでもしたなら・・・。
あの2人の雰囲気からして、どうなっていたか想像もつきません。
そう思うと、安堵感を覚えずにいられませんでした。
同時に・・・。
(馬鹿だった)
自己嫌悪の塊のようになっている私がいました。
『露出』だとか、『いけない自分にワクワク』だとか・・・。
(下らない)
そんなことに、うつつを抜かしていた私・・・。
(もうしない。二度としない)
危ない橋を渡るのは、もう懲り懲りです。
お湯に浸かったまま、凍えた体が解れてくるのを待ちました。
(本当に良かった)
窮地を脱したという安心感と・・・。
(危なかった)
未だに抜けきらない絶望感の余韻・・・。
相反する感情が半々で、寛ぐことなどできません。
(早く帰りたい)
もう、その一心でした。
<続く>