見下ろせば清流のせせらぎ・・・。
ときどき森の木々が風にざわめいています。

(私1人しかいない)

理性という束縛から意識がかけ離れていく感覚を、爽快にすら感じていました。
頭のどこかでは・・・。

(この感覚、危ない)

そう理解していながらも・・・。
PCMAX

(でも、少しだけなら)

無意識に気持ちが大きくなっていきます。

(どうせ誰も見てない)

もっと何か大胆に振る舞ってみたくなりました。
怪我しないように気をつけながら、そっと岩場から下ります。
木戸のところに行きました。
男湯の様子を窺います。
・・・相変わらず誰もいません。

ガタッ。

戸を開けました。
男湯に足を踏み入れます。

(ドキドキ・・・)

その瞬間から心臓が爆発しそうに鼓動していました。
身につけているのは足に履いているサンダルだけ・・・。
もうここは男湯のスペースです。

(誰か来たら・・・今、誰か来たら・・・)

どうせ来るわけないとわかっていても重圧に息が苦しくなってきます。
まるでモデルがランウェイウォークするみたいに・・・。
気取った足取りで、ずんずん歩いていきます。
階段道の下まで歩き切った私は・・・澄ました顔のまま、真っ裸でポーズしてみせました。
くるっとターンして、もと来たほうへと戻っていきます。

(だめ)

すごい緊張感でした。
振り返りながら後ろの階段道を見上げます。

(もうだめ)

とても平常心を保てません。
今、もしあそこから人が降りてきたら・・・。
そう思うと居ても立ってもいられなくなります。

(もうだめ、もうだめ)

最後は駆け出していました。
木戸をくぐって女湯に逃げ込みます。

(ドキドキドキドキ・・・)

思わずその場にしゃがみ込みます。

「はあ、はあ、はあ」

(ドキドキドキドキ・・・)

自分の胸を押さえていました。
鼻で呼吸ができなくなるほどのハラハラ感に興奮を抑えられません。

(もう一度)

鼓動が落ち着いてくるのを、じっと待ちます。

(もう一度だけ)

立ち上がりました。
木戸の隙間から、男湯の向こう・・・階段道に人の姿がないことを確かめます。
どうしてこんなことにワクワクしているのか、自分でもわかりませんでした。
このハラハラ感への欲求を絶ち切ることができません。
さっきまでは、あれほど(早く誰か来ないかな)と待ち望んでいた私だったのに・・・。
今度は・・・。

(お願い、誰も来ないで)

そう願っている私がいます。

再び男湯へと踏み入りました。
誰もいない男湯で私だけのファッションショーです。
昔テレビで観たコレクションの様子を思い出しながら・・・。
そのモデル気分になりきって、まっすぐに歩いていきます。

(私が着てるのは透明のドレス)

世界中が注目しています。
誰もいない観客たちの前でポーズをとりました。
ありもしないフラッシュの嵐を想像しながら、全裸のままターンしてみせます。

(こんな場所で、こんなことしてる私・・・)

誰が見たって“馬鹿”そのものですが、それが楽しくてなりません。
プレッシャーに心臓が破裂しそうになりながらも、すっかり昂ぶっていました。
階段道を見上げますが、そこに人の姿はありません。

(今のうち)

今度は、あそこから颯爽と下りてくる自分を想像します。

(誰もいない今のうちに)

崖沿いの階段道を駆け上がっていました。

(自分がこんなにも大胆になれている)

そのこと自体に興奮してきます。
こんなの本当の私じゃありません。
誰にも知られてはいけない馬鹿な私になれています。
異様に高揚しながら・・・。

「はあ、はあ、はあ」

もう崖を半分近くまで上がってきていました。
見下ろせば、男湯スペースが一望できるところまで来ています。

(私、今、ここにいる!)

心の中で叫びたい気分でした。

(こんな格好でここにいるよ!)

パンツも穿かずに全裸でここまで来たことの興奮が私を昂ぶらせます。
急こう配の階段道を・・・。

「はあ、はあ、はあ」

さらに上がって行きます。
ここまで来たら・・・。

「はあ、はあ、はあ」

森の歩道が見えるところまで行ってみるつもりでした。
あの朽ちた表示板の前で・・・。
大胆にポージングしてみせる自分の姿を想像してしまいます。

「はあ、はあ、はあ」

(もうすぐだ)

あと少しで森の歩道に出ることができる・・・。
最後の数段を駆け上がろうとした、その瞬間・・・。

「あれ看板か?」

「なんか、すげーな」

(うそ!!!)

耳に飛び込んできた男性の声に心臓が飛び出しそうになりました。
頭の中が真っ白になりかけて・・・。

(えっ?えっ?・・・えっ?)

次の瞬間には、もと来た階段道を駆け下りていました。

(うそうそうそ)

人が来てる・・・それも1人じゃありません。

(そんな・・・そんな・・・)

まさに鉢合わせする寸前のところでした。
必死に階段道を駆け下りますが・・・。

(だめだ!・・・もうだめ)

どう考えたって、女湯まで間に合うはずがありません。

(見つかっちゃう)

パニックになりすぎて足がもつれそうでした。

(間に合わない!)

もう選択肢がありません。
とっさの判断でした。
崖沿いの階段道・・・。
回り込みながら下りる唯一の大岩・・・。
その岩の陰にしゃがみ込んでいました。
なるべく体を小さくして縮こまります。

「はあ、はあ、はあ」

あまりの出来事に恐怖で背中が攣りそうでした。
もしあと10秒タイミングがずれていたら・・・。
私は全裸であの人たちの前に飛び出していたに違いありません。

「はあ、はあ、は・・・」

荒くなった呼吸を無理やり押し殺します。

「わー、すげーな」

「貸し切りやんかー」

恐怖という以外の言葉が見つかりませんでした。
生きた心地がしないとは、このことです。
全裸の私が蹲る岩のすぐ横を男の人が1人・・・。

「早く行こーぜ」

そしてもう1人・・・。

「景色いいわー」

それこそ手を伸ばせば届きそうな距離で通り過ぎていきます。
本当に、ひょいとこっちの岩陰を覗き込まれればアウトな近さでした。

(お願い、お願い)

あまりの恐怖に腰がガクガク震えてきます。

(お願い。本当にお願い)

彼らは、眼下に開けた露天の景色に目を奪われているようでした。
蹲っている私に気づくことなく、そのまま階段道を下りていきます。
私は震えながら息を潜めていました。
本当に紙一重のところだったとしか表現のしようがありません。
下って行く2人の後ろ姿を見送りながら・・・。
もう、ほとんど腰が抜けたような状態です。

ここに本当のことを書こうかどうか迷いましたが、書きます。
私はしゃがみ込んだまま・・・。

じょ・・・じょわっ・・・。

失禁していました。
本当に怖かったのです。
自分の意思とは関係なく・・・。

じゃー、じょわー。

おしっこを漏らしていました。
体に力が入りません。
しばらくそのまま放心していました。

2人が男湯に降り立つ様子が見えています。
彼らは学生でしょうか。
20歳すぎぐらいの印象でした。
何を話しているのかまでは遠くて聞き取れませんが・・・。
あっという間に服を脱いで、楽しそうにお湯に浸かっています。

(馬鹿だ)

涙がボロボロ溢れてきます。
私はなんてことをしてしまったのか・・・。
とりあえず、見つからなかったのは良かったものの・・・。

(こんな格好で)

しかし、これではもう身動きもとれません。

(馬鹿すぎる)

現実を突きつけられたまま途方に暮れていました。
どうすればいいのか自分でもわかりません。
生涯、これほどのピンチに陥ったことがあったでしょうか。

(もう二度としない。もう一生、羽目を外したりしないから・・・だから助けて)

さっきまでの、浮かれていた自分が恨めしくてなりません。
とにかく、もし見つかったら取り返しがつきません。
このままここに隠れているしかありませんでした。
彼らが帰るまでじっと待って、やり過ごすほかありません。

岩場の陰に蹲ったまま・・・。
男の子たちが温泉を満喫しているのを、じっと眺めていました。
自分で漏らしたおしっこの臭いが立ち込めています。
惨めでした。
体も冷えて、だんだん震えてきます。
こうしているうちにも・・・。

(もし他にも次々に人が来てしまったら・・・)

どんどんそんな不安が募ってきました。

(早く帰って)

いったいどのぐらいの時間、そうやっていたでしょうか。

<続く>