(いた)
大岩と青岩のあいだの隙間です。
(覗いてる)
間違いなく、そこに誰かの顔がありました。
(ドキドキ)
もちろん何も気づかないふりをします。
(ドキドキ)
私はかっこいいお姉さんを演じていました。
クールに、お澄まししたまま、ブラウスのボタンに指をかけます。
本当は膝が震えそうでした。
ついさっき言葉を交わした男の子・・・。
チュニックの首元から中を覗き込んできた男の子・・・。
その彼の前で、ボタンをひとつひとつ外していきます。
ブラウスを脱ぎました。
私は痩せています。
そのぶん、胸もそれほど大きくありません。
ブラをまとっただけの上半身・・・。
その胸の小ささが、彼に丸わかりです。
(ドキドキ)
何食わぬ顔で、脱いだブラウスを軽く畳みます。
低岩の上に置きました。
川側を遮ってくれる岩はありません。
そっちを振り向いて、周りに人がいないことを確かめるふりをしました。
スカートのファスナーに指をかけます。
無表情で下ろしました。
(ドキドキドキドキ)
身に着けているのはパンツとブラだけです。
(覗いているのは、大の大人)
そう思うと、今にも膝がガクガクしそうでした。
プライバシーを覗かれる・・・。
この緊張感は、言葉ではとうてい表現できません。
(美大くん、ドキドキしてくれている?)
わざわざ覗きに来た彼が、期待していたはずのこの姿・・・。
パンツとブラだけになった私を目の当たりに眺めさせてあげます。
このドキドキ・・・。
この恥ずかしさ・・・。
(気持ちいい)
こんなに、はしたなく・・・。
人前なのに、下着しか身に着けていません。
(ああん、恥ずかしい)
背徳感に包まれて、なんだか夢見心地でした。
私はこの興奮を味わいに来たのです。
(見ないでぇ)
脳が快感に満たされます。
私は、何も気づいていないふりを続けました。
(自然体で、普通な感じで)
バッグの中に手を伸ばします。
今度はオリーブ色のワンピースでした。
ごく当たり前の顔で頭からかぶります。
ワンピ姿になった私は、バッグから折りたたみの鏡を出しました。
メイクをチェックするふりをします。
(自然体・・・自然体に・・・)
鏡を戻しながらクールな自分を演じます。
『コ』の字スペースから出ました。
さっきと同じようにカメラの前に行って撮影をはじめます。
・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。
私は気づいていました。
こちら側で撮影する私の姿も、しっかり覗かれていることに。
(あの出っ張りのところ)
でこぼこした岩場の陰から、彼がこっちの様子を窺っているのがわかりました。
もう間違いありません。
あの美大くんです。
でも・・・。
私にとっては誤算でした。
当たり前ですが、本当の私はモデルでもなんでもありません。
実際に撮影の演技をやってみて、その恥ずかしさを思い知らされたのです。
お澄まし顔で、カメラのレンズを睨みつけます。
・・・バシャ・・・。
ファッション誌の表紙のようなポーズで・・・。
・・・バシャ・・・。
何度もフラッシュの光を浴びていました。
(恥ずかしい)
こんな成り切った自分を間近で見られるのが・・・恥ずかしくて、恥ずかしくてなりません。
(無理、演技なんてできない)
必死でした。
何枚かごとにポーズを変えて・・・。
・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。
その度に表情もクルクル変えてみせます。
にこっと口角を上げる私・・・。
お澄ましして、見つめる私・・・。
アンニュイな顔の私・・・。
今着ているこのワンピを自慢するかのような表情で、にっこり笑ってレンズを見つめます。
・・・バシャ・・・。
(見ないで、恥ずかしいよ)
私は頑張りました。
あまりの恥ずかしさに本当は顔を熱くしながら・・・。
それでも『モデル』になりきります。
(もういい、もう十分)
下着姿を見られるよりも・・・。
着替えを覗かれるよりも・・・。
この成り切りぶりを近くで見られるのは・・・。
(もうだめ、もうやめたい)
ポージングをやめて、カメラに近づきました。
電源を切ります。
大岩の裏の『コ』の字スペースに戻りました。
(これ以上できない)
相手は子どもじゃありません。
大学生の男の子の前で・・・。
あんなかっこつけたポーズや、カメラを意識した表情・・・。
(耐えられない)
それこそ羞恥以外の何ものでもありません。
実は、まだ次の着替えも用意してきてありました。
でも、もう十分です。
快感に震えるほどの恥ずかしさに心の中で悶えていました。
今の私に、これ以上など考えられません。
(やめよう)
無理は禁物でした。
次の目的地もあります。
予定よりは早いですが・・・これでもう満足でした。
心の中で、1人身悶えている私をよそに・・・青岩と低岩のあいだの隙間に、影が動くのが見えます。
(来てる)
とにかく最後まで自然体を装わなければなりません。
内心、平静を装うのに必死でした。
クールな顔でワンピの裾を掴みます。
捲り上げるようにして一気に脱ぎました。
再び、ブラとパンツだけの下着姿になってしまいます。
(ああん、恥ずかしいよう)
やっぱり、今の私にはこれが限界でした。
(見ないでぇ)
下着しかつけていない自分を晒していることに、自尊心が悲鳴をあげています。
(早くここから逃げたい)
ブラとパンツだけの姿で脱いだワンピースを畳みました。
バッグの中に仕舞います。
(早く帰りたい)
でも・・・でも・・・。
すぐそこから私を覗いている男の子・・・。
見つかるかもしれないリスクに怯えながら、きっとハラハラしていることでしょう。
まだ撮影が続くのか、もう終わりなのか・・・。
彼はまだ知りません。
(もし・・・)
もし・・・バッグの中の“次の着替え”を彼が見たら・・・。
(だめ、もうだめだってば)
でも・・・この子のために。
どうせ二度と会うこともない相手です。
人見知りな彼のために・・・。
(喜ばせてあげたい)
バッグの中に手を伸ばしました。
用意してあった次の着替えを取り出します。
(美大くん、これが何だかわかるよね?)
私はビキニの水着を空中で広げていました。
彼にもよく見えるように、一度低岩の上に乗せます。
(これに着替えるってことは?お姉さん、どうなると思う?)
ものすごく周りを気にするふりをしてみせました。
ブラのホックに手をやります。
(美大くん)
彼との距離はせいぜい3mくらいでした。
その彼の目の前で・・・。
(見たい?)
ブラを外しました。
胸が露わになります。
(ひいぃぃ)
男の子の前で・・・おっぱいを丸出しにしていました。
(イヤあ)
ビキニのブラを手に取ります。
無表情でゆっくり頭からかぶりながら、お姉さんの乳首が丸見えです。
(ああん、見ないで)
腕を通して肩ひもを直して・・・。
ようやく胸が水着に隠れます。
(ドキドキ)
サンダルを脱ぎました。
(美大くん、お姉さんが可哀想)
パンツの両サイドを掴みます。
(だめ、可哀想、見ないであげて)
一気に下ろしました。
(ああああん)
アンダーヘアが丸見えです。
(だめぇ)
足首からパンツを抜きました。
血圧がかーっと上がって行く感覚に襲われます。
下半身を丸出しにして美大くんに向き合っていました。
(見ちゃだめぇ)
低岩の上のビキニパンツを手に取ります。
(イヤぁあ)
表情ひとつ変えずに両足を通します。
落ち着いた素振りでビキニパンツを穿きました。
(ドキドキ)
顔が熱くて火を噴きそうです。
美大くん、見てたでしょ?
お姉さん、あなたの前でパンツまで穿き替えたんだよ・・・。
どんな気持ち?
私は、さらに演技を続けようとしていました。
頭の中でさんざんシミュレートした・・・あの恥ずかしい仕草をするのです。
(ドキドキ)
神経質そうに何度も股の食い込みを気にするふりをしました。
そして・・・思い直したようにバッグに手を伸ばします。
(ドキドキ)
ポケットティッシュの包みを取り出しました。
1枚だけ取って、残りは低岩の上に置きます。
お姉さんの表情に変わったところはありません。
まさか見ている人がいるなんて夢にも思わない顔です。
わずか3m先の、その彼を正面にして・・・。
穿いていたビキニパンツを、ふくらはぎまで下ろしました。
胃が、きゅうっとなります。
(こんなの、特別なんだから)
また下半身が丸出しでした。
立ったまま、ガニ股に脚を開きます。
股の間にティッシュを当てて、手のひらで押さえました。
湿り気を吸い取らせたティッシュを丸めて下に落とします。
(ドキドキ)
もう1枚取りました。
ふくらはぎに引っかかったビキニパンツ・・・。
煩わしそうに、一度脱いでしまいます。
(ドキドキ)
軽い感じで股を開いて・・・。
低岩の側面、70~80cmくらいの高さの出っ張りに・・・ひょいと片足を置きました。
美大くんに、私のあそこが丸見えになる角度で・・・。
(見て)
大胆に脚を開いています。
左の手のひらでアンダーヘア全体を鷲掴みました。
そのまま上にたくし上げて・・・。
(ああああん)
さっきより念入りにティッシュを当てます。
(恥ずかしい)
すべて彼に丸見えでした。
ぷっくらした縦の割れ目に沿って・・・。
下から上へと丁寧にティッシュをすくいあげます。
(死んじゃう)
脳がとろけそうでした。
立ったまま、こんなにも大胆な格好です。
男の子に自分の割れ目を見せてあげながら・・・。
真顔のまま、5回、6回とあそこを拭きました。
(うっ・・・う・う・)
自分でやっていて、屈辱感に耐えられなってきます。
(もうイヤ)
足を下ろして、平然とビキニパンツを穿きました。
今にも泣きそうになってくる自分の感情を押し殺します。
何も気づいていないクールな顔で、落としたティッシュを片付けました。
(泣いちゃう)
大岩を回り込んで、カメラのところに行きました。
電源を入れて定位置に立ちます。
手の中にリモコンを持ってポーズを決めました。
・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。
美大くんが、すぐに岩場の陰から覗いてきます。
恥ずかしいなんて言っていられませんでした。
とにかく演技を続けないと、この場で泣き崩れてしまいそうです。
人前で、あんな姿を披露して・・・それでも・・・。
・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。
レンズに向かってポーズを決めます。
必死に笑顔を作りました。
(美大くん、どんな気持ち?)
・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。
(あなたが覗いたお姉さん・・・ちゃんとキレイな顔してる?)
50枚くらい撮ったでしょうか。
『終わった』という感じで、全身から力を抜きます。
カメラに近づいて電源を切りました。
覗いていた美大くんが岩陰の向こうへと引っ込んでいきます。
(最高)
最高に興奮していました。
(持ちこたえた)
溢れそうな感情が、脳の中を駆け巡ります。
(最高)
後悔などありません。
(この興奮・・・最高・・・)
もちろんまだ気を抜くことはできません。
(よし、最後)
美大くんが、また向こうで待っています・・・。
着替えのために、また水着を脱ぐはずのお姉さんのことを。
ゆっくりと大岩の裏側へと戻りました。
美大くんは・・・。
(・・・いた)
今度は青岩と低岩の間の隙間のところでした。
もちろん気づいていないふりをしてあげます。
私は立ち止まって、両手を真上に伸ばしました。
「んーーんんん」
全身で大きく伸びをします。
「ふうー」
大きくため息をついて、腕を下ろしました。
「終わった、終わった」
ぼそっと、小声でつぶやきます。
表情に充実感を漂わせました。
微笑みを浮かべながら、何度も伸びをしてみせます。
川のほうを振り返って、警戒するふりをしました。
誰もいないことを確かめた上で・・・ビキニブラを外します。
おっぱいを丸出しにして、サンダルを脱ぎました。
下着のブラを着ける前に・・・そのままビキニパンツも下ろしてしまいます。
正真正銘の全裸姿でした。
このときの自分の気持ちを、どう説明すればいいのか・・・。
最後にオールヌードの私を見せてあげようと思った、という感じでしょうか。
もう一度、両手を上に伸ばしました。
空に向かって背伸びするように・・・。
「うーーーくくく」
一糸まとわぬ真っ裸で伸びをしてみせます。
(恥ずかしい・・・)
「ふうう」
腕を下ろして力を抜きました。
彼が見ている岩の隙間に背を向けて、地べたに置いたボストンバッグに手を突っ込みました。
(このお姉さんの恥ずかしい姿を、お尻の穴まで見えるように)
中身を整理するふりをして・・・。
(ああん、見て)
腰を突き出してしまいます。
姿勢を戻して低岩の前に行きました。
パンツとブラを身に着けます。
チュニックを着てジーンズを穿きました。
決して怪しまれることのないように・・・てきぱきと行動します。
荷物をすべてバッグに詰め込んで、『コ』の字の外に出ました。
三脚からカメラを取り外します。
「・・・」
気配を感じていました。
「・・・」
その気配が遠ざかっていくのがわかります。
(さようなら。人見知りな、美大くん・・・)
もう二度と会うこともないはずです。
荷物を全部持って、川べり沿いに岩場を下っていきました。
(良かった)
こんなにも上手くいくとは・・・自分でも思ってなかった。
興奮の余韻に、まだ脳みそがふわふわしています。
(ああ、やっぱり最高だ)
なんだかんだ自分に言い訳をしたところで、私は、この興奮の味を忘れられないのです。
(美大くん・・・ありがとう。私の罠にかかってくれて・・・)
朝よりも、だいぶ気温が上がってきていました。
(まだ、お昼前。時間は十分ある)
いつも通り、次の『◯◯湯』に行こうと思いました。
このすぐ近くにある、何かと思い出のある野天温泉です。
森の細道を戻って・・・車が見えてきました。
(スクーターは?)
・・・無くなっています。
やはり、あの子のものだったのでしょう。
トランクに荷物を詰め込みました。
運転席に乗り込んでエンジンをかけます。
ゆっくりと車をスタートさせました。
<続く>