フロアスペースは身体を揺する程度の隙間もないほどごった返していた。
遠くからは確認できたヒロシの姿も、人混みに入ってしまった今となってはもう見えない。
ユミは僕の正面に回り込んで、胸元を押し付けるように僕に密着して、巨大なスピーカーから流れるダンスクラシックスの音量に負けないよう耳元で大声を出した。
「人、凄いね、ちゃんとはぐれないようにね」
そう言って僕の背中にしっかりと手のひらを当ててぎゅっと抱き寄せる。
軽く口角を上げて微笑みだけ返し、僕もユミの腰に手を置き少しだけ抱き寄せる。
あちらこちらから奇声に似た歓声が頻繁に上がり、むっとするような熱気に汗ばんでしまう。
胸を僕に押し付けたままユミは左右に身体を揺さぶる。
腕に当たっていた時よりもさらに敏感にその柔らかさを感じた。
平気なふりをしないと全身の毛穴から汗が吹き出てしまいそうだったので、あえて指摘した。
「ユミ、胸大きいよね。すっごい柔らかいのがさっきから当たってるんだけど」
「タカノリくんが言った通りだ、やっぱりアツシ、そんなことばっかり考えてるんだね」
僕の反応を楽しむように顔を覗き込むユミのグロスがたっぷり塗られた唇が暗がりの中、キラキラと光る。
ここに唇で触れたらどんなに心地よい感触が得られるんだろう。
「そんなことってどんなこと?」
努めて平静を装って聞き返す。
ユミのペースに乗せられるのも癪だ。
「そんなことはそんなこと。おっぱいとか、それにさっきからじっと私の唇を見てるし」
暗い中でも女性は男の視線に敏感だ。
「ユミみたいな美人でスタイルいい女の子と一緒にいたら大抵の男は目を逸らせないよ」
言い訳とも開き直りともつかないセリフにリップサービスも混ぜてお茶を濁した。
このセリフが思いのほか効果的だったのか、笑顔の明るさが3段階ほど上がって、僕を抱き寄せる腕の力が強くなる。
シューと音を立てて天井のパイプからスモークが吹き出す。
夜中の濃い霧の中にいるように、俄に2人の世界が作られる。
時折、飛んできたミラーボールの光に当たってユミの唇が艶やかに揺れる。
僕らはどちらからともなく唇を重ねた。
強く押し当てた唇を離すと、べとついたグロスが僕の唇に付着するのがわかる。
そのまま2度、3度と唇を合わせる。
音楽に合わせてステップを踏んでいた両足も今は申し訳程度に左右に揺らすだけだ。
ユミの腰に当てていた手をゆっくりと背中に移動させて少し強く擦るように抱き寄せ、今度は唇ではなく、お互いのおでこを押し当てて見つめ合った。
1本1本がくっきりとした濃く長いまつげの奥に、しっかりとこちらを上目に見据える大きな瞳が覗く。
黒目がち、と言っても最近は黒目を大きく見せるためのカラーコンタクトなんて常識だけど、その大きさはどこか無垢さを感じさせる。
もちろん出会って30分で抱き合って唇を重ねるこの状況に、無垢も何もあったものではないが。
「唇、ピカピカ光ってるよ」
意地悪っぽい笑みを浮かべて、グロスが付いた僕の唇を親指でなぞりながらユミが言う。
「甘い匂いするんだね、これ」
それを聞いて今度は僕の首筋に唇を押し当てる。
その部分の皮膚が、その柔らかな感触とともに、透明でキラキラしたラメが入ったグロスが付着するのを感じる。
「首は思ったより目立たないね」
ユミは少し不満気な声を漏らす。
「暗いしね、きっと明るいところで見たらくっきりなんじゃない?」
「みんなのところに戻ったら見つかっちゃうかもね」
今度は嬉しそうに言う。
コロコロと替わるユミの表情は見ていて飽きない。
僕達の間で誰と誰がどうなろうとそんなことは慣れっこで、ワイシャツだろうが首筋だろうが股間だろうが、口紅でもグロスでも歯形でもどうと言って騒ぎにはなりようがないんだけど、それを伝えるのはやめておいた。
「見つからないように、このまま2人でよそ行っちゃおっか?」
僕はお返しとばかりになるべく挑発的な笑みを作ってまっすぐにユミの目を見つめる。
想定していたケースは2つ。
たじろぎや失望を一瞬浮かべてお茶を濁されるか、好色的な表情を見せてその提案を受け入れてくれるか。
どちらかと言うと後者だった。
ただし表情は、先程から浮かべているどこかイタズラっぽい微笑みを変えずに、この店を出てどこか別の場所で飲み直そうとユミは言った。
そうと決まればの早さでダンスフロアを離れると、とりあえず僕はみんなのところに戻り、「もう出るよ、お疲れさまっしたー」とだけ声を掛けて店の外へと向かう。
僕らの間では話はそれだけで済む。
ユミの連れの女性はいまだテーブルで友人2人に挟まれて飲んでいるが、ユミからすでにメールをもらっているのか、もしくは察しが良いのか、意味ありげな微笑みだけ僕に向けて見送ってくれた。
「どこで飲もっか?」と尋ねる僕にユミは、「今日はタクシーで帰るの?」と、早速僕に腕を絡ませながら返事をよこした。
少なくとも終電はとっくに過ぎているし、連れの女性とも別れた今、帰宅手段、もしくは電車が動き出すまでの時間をどう過ごすかは重要な問題だ。
いや、それよりもユミは左手の薬指に指輪をはめている。
これを文字通り既婚者と捉えるなら、始発以降まで過ごすというのも難しいんじゃないだろうか。
「うーん、考えてないや。僕の家って◯◯なんだ。だから歩こうと思えば歩けるし、何時まででもいけるよ」
「近っ!いいなー、羨ましい」
心底羨ましそうな表情と声だ。
「ユミは、どのあたりに住んでるの」
「◯◯、めっちゃ遠いでしょ」
「そりゃ遠いね、って言っても、さっきのタカノリは岐阜だからね」
「岐阜も◯◯も時間的にはそんなに変わんないよ、県を越えないだけで」
「じゃあどのみち始発?」
「うん、タクシーじゃ帰れない」
「じゃあよかったら家で飲む?」
「え、いいの?行きたーい。てかさ、やっぱり手が早いんだね」
にやけ顔を見せるユミのセリフをさらっと流す。
「えぇっと、確かうちにはビールしかないけど、なんか買ってく?」
「ううん、ビールがあれば十分だよ」
そんな話をしながら大通りまで出て、タイミングよく走ってきたタクシーを捕まえて乗り込んだ。
僕が運転手に手短に行き先を告げ終えると、ユミはさっきまで僕の左手に巻き付いていた腕を今度は右側からがっちり絡めて唇を重ねてきた。
お店では多少周りに気を遣っていたのか、今回は舌で巧みに僕の唇をこじ開けて、ナメクジのようにヌラリと僕の方に侵入してきた。
応じて舌を絡めると、縦に横にと顔を動かしながらジュパッなんて音を立てて、エロく僕の唇と舌にしゃぶりつく。
あまりにも扇情的な音を立てるので運転手さんに申し訳なく思い、それとなく窺うけど全く無反応に車を運転し続けていた。
僕は右手をユミの頭に回して応じ、手持ち無沙汰の左手がユミの胸に伸びそうになるのを理性で抑えつける。
外の景色は見えていないけど、体感で車が右折するのを感じる、もう間もなく停車するはずだ。
僕は一息つきながら唇を離す、ユミの瞳は名残惜しそうに僕の顔を見つめる。
にこやかに見送ってくれた運転手に車外から会釈して、ユミの腰を抱えるようにマンションのエントランスをくぐる。
ユミは物珍しそうにキョロキョロしている。
「すごーい、なんか高級そうなマンションだね」
「たまたまね、親戚が海外に行っちゃって管理の意味も含めて借りてんるんだ、タダみたいな金額で」
「へぇー、そういうラッキーってあるんだね」
ユミは初めて遊園地に連れて来てもらった子どものようにキラキラした目をアチラコチラに向けては楽しそうに笑顔を浮かべる。
じっと横顔を見つめてみる。
ユミと出会ってからまだ50分程度だろうか。
初めて明るい所でその顔を見たけど、暗い場所マジックがかかっていたわけではなく、本当に29歳にしては若々しい肌をしているし、首筋も胸元も張りのある質感を持っている。
「まーた胸を見てたでしょ」
辺りをキョロキョロしていたはずのユミはいつの間にか僕の顔を覗きこんでニヤニヤしている。
「明るいところで見ても美人だし、肌もつやつやしてて綺麗だなーって思わず見惚れちゃったよ」
顔色を変えずに正攻法で真正面から切り込んでみる。
だけどユミも全くと動じる素振りを見せない。
「アツシ、ほんとに見かけによらず女の子慣れしてるんだねー、お姉さん少しがっかりだよ」
あまりがっかりした表情は見せずに言うユミ。
むしろさっきより口角を上げて嬉しそうにすら見えた。
そんな表情のままエレベータに乗り込むと、すぐに正面から身体を寄せ、唇を重ねてくる。
僕だって女性経験が乏しいわけではないけど、ここまでイージーな展開は珍しい。
指輪のこともあり、何かの罠的な危険も感じたけど、据え膳を食べてしまってから善後策を考えればいいやと開き直り、目の間に置かれた幸運な状況を楽しむことにする。
停止したエレベータを待ちきれずにといった足取りで降りる。
部屋までの距離がもどかしくも感じる。
強くユミの腰を抱いて、ポケットからキーを取り出しながら部屋の前に向かう。
ユミが右腕に押し付けるおっぱいの圧力も一段と高くなったような気がする。
ガチャリ。
扉が閉まるや否や重なる唇。
ユミの腕は今度は僕の首の後ろに回されている。
靴を脱いでホールに上がりながらキツく押し付け合うようなキス。
僕はユミの腰元に手をやるけど、そんなシチュエーションにさすがにそこが大きくなり始めていたので抱き寄せることを躊躇する。
こんな状況でもまだそのことをユミに気づかれるのは恥ずかしい気がしていた。
もちろんユミはそんなことお構いなしに首から背中から腰から僕の身体を弄るように抱き締め、シャツの裾から手を入れて素肌の感触を確かめるように手を滑らせる。
僕はユミのうなじ辺りから背中まで伸びたワンピースのジッパーをゆっくり下ろした。
当然だけど嫌がる素振りはない。
というか、それを合図にするかのように僕のシャツのボタンに長いネイルで飾られた指を器用にかけて上から順に外し始める。
僕が腰元付近まで開いているワンピースの肩口を手前に引くと、素直に手を前に垂らして脱がしやすようにしてくれる。
腕から抜くとワンピースはストンと引っ掛かりもなく床に落ち、同時にユミは僕からシャツを引き剥がした。
先ほどから僕や他の友人達の視線を集め続けてきた谷間がいよいよ露わになった。
飾り気のないシンプルなハーフカップで肩紐がついていないブラは、その真っ白い大きな膨らみを支えるには幾分頼りなさげ見え、(よくこんな谷間を小さなフロントホック一つで支えられるよな)なんて客観的な考えが浮かんでくる。
お尻を両手で鷲掴むように抱き寄せる。
張りのあるすべすべとした質感がダイレクトに伝わってくるのは、ヒップラインを覆う布の面積がとても少ない、というかほとんど無いからだとすぐに気づいた。
シャツを脱がせたユミはベルトの金具にとりかかっていて、ガチャガチャと金属音を立てている。
僕は片手でお尻を弄りながら、もう片方の手でブラのフロントホックを探る。
ほぼワンタッチでホックははずれて、押さえつけられていた大きな胸の弾力で輪ゴムが切れたみたいにブラが弾け飛び、床に落ちた。
ブラの締め付けから開放されて喜ぶように、その迫力ある胸は存在感満点に僕の方に向けて突き出している。
思わず手を伸ばすと、吸い付くような質感の肌が、ほとんど抵抗が感じられないほど柔らかに凹みを作る。
今度は持ち上げるようにして手のひらで覆うと、重量感と程よい弾力を感じた。
その感触を楽しんだのも束の間、ユミは胸を弄ろうと意気込む僕の手を置き去りにして、すっとしゃがんだ。
<続く>