当時の俺の部署は営業で、ただ営業といっても俺の仕事は営業デスクというやつ。
営業が取引先に持って行く資料を作ったりデータを作ったり、内勤で地味な仕事。
ガヤガヤうるさい営業の隣で静かに淡々と仕事をする、そんな感じだった。
俺自身のスペックはいたって普通。
イケメンってわけじゃないし、ブサ男でもない。
学生時代含めて10人程度の女性と経験がある(風俗は除く)。
で、正美も、研修後に営業部の営業デスク担当として配属されたわけだが、確かに営業は無理だなって性格。
静かで大人しくて、うるさい営業連中とは噛み合う雰囲気ではない。
人事部も、そのへんはちゃんとわかって配属してくれたんだろうな。
というか、経理とか財務とか、管理部でもよさそうな感じだけど。
歓迎会でお酒飲みに行っても全然飲まなくて、歓迎会は同じ部だからということで営業連中も一緒で、それはまあうるさい会だった。
俺も酒は強い方だから、そういう会では営業の連中に負けじと結構な量を飲んで騒いだりするんだけど、正美はそんなこともなかった。
営業の男たちからからまれたりしても笑って流すといった、そんな雰囲気の子だった。
ただ、この正美、人気はあった。
理由は3つある。
1つは、正美の物静かな性格。
静かといっても愛想が悪いとかってことでもなく、良く言えば清楚な雰囲気が営業部の中では貴重だったこと。
営業の女子たちは男子に負けず強気な女が多かったし、そんな中では、かえって正美の物静かな性格が際立ち、希少価値が上がる。
2つめは、顔が可愛いこと。
絶世の美女って感じではないのだけれど、ロリが入っているというか、10代と言われても疑われないだろうなって顔で、俺も初見時の印象は“可愛い”だった。
男性社員の誰かが言っていたけど、「眠たそうな顔」。
3つめ、これが実は大きいポイントなんだけど、「隠れ巨乳なんじゃないか?」ってこと。
男性社員の中では飲んだときの会話のネタになったりしていた。
正美は、ぱっと見、160センチくらいの細い体で、それに普段、身体のラインが目立つ服を着てきたりしないので本当のところはわからないけど、俺も気になっていた。
確かに胸の盛り上がりがないわけじゃないので、貧乳ってわけじゃないんだろうけど、かといって特別大きいって印象もない。
ちなみに俺は巨乳大好き、でも巨乳以外受け付けませんってわけじゃない。
だけど、「実はあの子、巨乳なんじゃないか」とか話を聞くと、どうしても気になってしまう。
それが男ってもんだ。
正美とはお互い内勤で、顔を合わせる時間も多いし、時々一緒にランチに行くときもある。
何気なく視線が正美の胸に行くようになる。
だけど身体のラインが分かりづらい服装が多く、いまいち分からない。
といっても、時折胸の厚みがわかる服装の時もあって、確かに隠れ巨乳な感じもする。
それが確信に変わる時があった。
まだ本番の夏になる前の初夏の時期、2人でランチに行くことになった。
初夏といっても暑い。
俺は当然ジャケットなんか着てないし、シャツも腕まくりしていた。
会社の他の女子社員は早くもノースリーブを着てきたりする人もいたが、正美は社内では薄手のカーディガンみたいなのをいつも羽織っていた。
けれども、その日は初夏にしてはやけに暑い日だった。
さすがの正美も耐えかねたのか、店に向かう途中、交差点の信号機待ちをしている時、普段羽織っているカーディガンを脱いだ。
脱いだ時は別にどうとも思わなかったんだけど、その時、正美の携帯電話が鳴ったんだ。
仕事の電話のようで、交差点だとうるさいからと少し離れた場所に移動して会話し始めた。
その時も、特に何も思わなかった。
しばらくして信号が青になった。
正美は交差点から離れたビルの入り口みたいなところでまだ話している。
青になったけど、交差点を渡らずに正美を待つ俺。
そんな俺を意識してか、チラッと俺の方を見て、少しして正美は電話を切った。
で、その後、小走りに俺の方に来たんだけど、その数歩だけの小走りの時に確信したわけだ。
正美は巨乳だってことを。
カーディガン脱いで、その日は半袖のワンピースを着ていたんだけど、それもブカっとした感じのもので、普通にしていたら身体のラインはわからない。
だけど小走りした時に風の抵抗を受けて、ワンピースが正美のボディラインをくっきりさせちゃったんだよね。
その時、普段だとわからない胸の盛り上がりが見えてしまった。
そして、それがまさにユサユサという感じ揺れて、ほんの数歩、ほんの数秒だけど、目に焼き付いてしまった。
そんな事があってから、俺は必要以上に正美を意識するようになってしまった。
繰り返すようだけど、俺は特別巨乳好きってわけじゃない。
一見すると細身の体で、胸なんてなさそうな感じなのに、あの時の異様な胸の盛り上がりが印象が強すぎたというか・・・。
それから2ヶ月くらい経ったかな。
真夏な時期。
その時、正美と一緒に取り組んでいた大型の提案があって、遅くまで一緒に残業することが多かった。
地味なデータの集計とかで、心も身体も疲れきってって日々が続いて、それは正美も同じだったんだろうな、しかもまだ研修明けすぐの1年目だし。
終電間際でもなく、22時過ぎとかに、とりあえず今日は切り上げようって日は、帰りに2人でちょっと飲んで帰ったりした。
正美は、大勢の飲み会の時はほとんど飲まなかったけど、2人だと意外と飲んでた。
仕事も一緒だし、俺に対して他の連中よりは心を許しているとこもあったんだろうな。
普通に1杯目にビール頼んで、2杯目からは何かのサワーとか飲んでた。
終電を逃して、「帰れなくなっちゃったね・・・今日どうしよっか?」みたいな展開を期待してもいなかったので、他愛のない会話して、ちょっと飲んで、ちょっと食べて、終電前にちゃんと帰っていた。
翌日、また朝早くから仕事だしね。
それで、その大型の提案というやつのプレゼンの日。
その日のプレゼンには俺も同行した。
実際しゃべるのはプレゼン術に長けた営業がやるんだけど、事前の準備や何かあったときのサポート的な感じで。
営業のやつって、チャラかったりうるさかったりするんだけど、やっぱプレゼンは上手いなーと感心しながら眺めてた。
特に問題が発生することもなく、俺の出番もなく、無事にプレゼンが終わって一段落。
営業の男曰く、かなり反応がよかったみたいで上機嫌。
俺にもすごく感謝された。
このときは俺自身、充実感があって嬉しかった。
仕事で感謝されるっていいよね。
で、「今度、打ち上げしようなー」って感じで、プレゼン場所で営業連中とは別れて会社に戻って、俺は上司に報告と、それから正美にプレゼンの様子を伝えた。
プレゼンが上手くいったこと、正美が作ったデータやプレゼン資料も褒めていたってこと。
それで、俺たちにすごく感謝してたってこと。
その時の正美はとても嬉しそうな表情していた。
その日は金曜日だった。
やりきった一種の虚脱感で、まだ定時前だったけど、やる気も起きてこなくて、ダラーっとしちゃっていた俺。
そんな俺を見ても咎めたりしない上司。
その辺、わかってくれてたんだろうね、いい上司だったと思う。
虚脱感と同時に何となくハイテンションになっていて、ちょうど自分のデスクの周りに誰もいなくなって正美と2人になる時があった。
ちなみに正美の席は俺の隣です。
一応、俺の唯一の部下なんで。
虚脱感と何となくハイテンションな俺が周りに誰もいないその時、勢いで正美に、「今日、定時であがって飲みたくない?」って声をかけた。
「私も飲みたいなーって思ってました」
嬉しそうに答える正美。
このとき、妙にキュンとしたのを覚えてる。
もしかするとこの時、俺は正美に恋に落ちたのかもしれない。
そして定時になって、早々に席を立つ俺。
「お疲れ様でした!」と言って、さっそうと会社を出る俺。
その後を追うように正美が会社を出てきた。
特に行く店も決めてなかったんで、以前に一度、2人で会社帰りに行った普通の居酒屋に行った。
この日の正美は、俺と一緒だけど、やりきった感と、残業続きのストレスから解放された感とで、ほんと飲みたい気分だったんだろうな。
最初からハイペースで飛ばしていた。
会社帰りに2人に飲み入った時は、1、2杯飲んで「明日また」ってなってたから、だんだんと4杯目、5杯目と進むうち、正美の酔いが回り始めてきているのに気付いた。
前にも書いたけど、俺は酒には強い。
4杯や5杯じゃ酔わない。
ウィスキーのストレートとかだったら別だけど、所詮ビールとウーロンハイだからね。
酔いが回り始めた正美は、いきなりおしゃべりになるってわけじゃないんだけど顔も赤くなって、俺のどうしようもない話にもよく笑うようになった。
勢いづいた俺は、普段正美に聞いたことのない質問をぶつけてみた。
「彼氏はいるの?」
「いませんよ」
あっさりと答える正美。
実際のところ、他の女子社員から正美はフリーってことを聞いていたんだけど、俺からそういう質問をしたことは初めてだった。
「好きな人は?」
この質問には、少し間があった。
「・・・わかりません(笑)」
(ん、可愛いぞ)
このとき思った。
ちょっと俯き加減に、アルコールのせいではあるんだけど頬を赤くして、乙女って感じ。
「わかんないってことは、いないわけじゃないってことだよね?」
禅問答みたいな変な質問ぶつけると、「なんでそんなこと聞くんですか?・・・俺さんも彼女いないんですよね?好きな人はいるんですか?」と、逆質問された。
てか、なんで俺に彼女いないって知ってるんだろ。
彼女がいないことを隠してるわけじゃないし、営業の女子たちにも公然のことだから、誰かから聞いたんだろうな。
けど、なんか正美が俺のプライベートなことを知ってるんだっていうのが嬉しかった。
それからまた会話は別の流れになって、さらにお酒も進んで、気が付いたら3時間以上飲み続けていた。
けど、定時上がりから飲んでたので、まだ時間は21時頃。
俺はまだまだ飲めるし、2軒目に行ってもいい感じだったけど、正美は・・・結構酔ってる。
ちょっと呂律も回らなくなりかけてる。
そんな時・・・。
「・・・わかんないっていうのは本当なんです」
突然、話し始める正美。
一瞬、何のこと言ってんだろって思って、「ん?」と俺が聞くと・・・。
「好きな人いるのかって質問・・・好きなのか何なのか分かんないんです」
「ああ、その話ね。じゃあ好きかもしれない人はいるってこと?」
それから正美はグラスに入っていたお酒飲み干して、グラスをテーブルにコンっと置き・・・。
「家帰ってからとか・・・週末とか・・・俺さんのことを考えちゃうんです」
(へ!?これって告白か!?)
突然の話に動転しはじめる俺。
一気にどくんどくんと鼓動が速まった。
「でも、それが好きなのかどうか分からないんです・・・」
こんな時、男は一体どういう回答をするのが正しいのでしょう。
返す言葉が見つからなくて、そのうち正美は店員にお酒を追加注文して・・・。
やけにしどろもどろになりつつ俺は・・・。
「あの・・・あのさ、俺も正美のこと考えるよ・・・」
これでいいのかな、男の回答としては?
「じゃあ・・・一緒ですね・・・」
(何なんだ・・・この可愛い雰囲気は・・・)
この時、俺は確信した。
俺は正美が好きだと。
そして、しどろもどろな俺をやめてはっきりと言った。
「俺は正美のこと、いつも考えてるよ。気になって仕方ないよ。だから好きだと思ってる、好きだよ」
やけに早口になって言い切った。
それを聞いた正美はきょとんとした感じになって・・・。
「酔ってます?(笑)」
「そんな酔ってないよ」
じっと正美が俺の目を見て、そして・・・。
「・・・信じていいんですか?」
俺は、「本気だよ」と返した。
これでお互い好きな者同士ということが確定し、それから少し飲んで、そして店を出た。
店を出たら、酔っていたせいで正美は足元も若干おぼつかなくて、俺に寄りかかってきた。
俺はそんな正美の手を握って歩き始めた。
正美も手を握り返してきた。
<続く>