で、Y子の面倒を俺(32歳、10年目未婚)が見ることになったわけだが、仕事の筋は割とよく、電話ではオタクっぽいところも出さず、半年後にはそれなりの奴になっていた。
見た目は幼いまんまだったけど。
で、このY子が俺のところに、「あのぉ・・・俺さん、相談があるんですぅ」とやってきた。
「何?」
「あの、ここでは何なので、夜ご飯一緒しませんか?」
まぁ、2人で飯食ったり飲んだりするのは初めてではなかったので、この日も2人で仕事終わりに食事へ。
Y子のチョイスで割とカップルが多めのイタリアンの店へ。
飯を食って、2人ともワインを飲んでほろ酔い。
(そういえばY子って彼氏いないのかな?)
今更のようにふと考えた。
というくらい、普段俺はY子に対して女を意識していない。
「で、相談って?」
「あのぉ・・・うちの会社って社内恋愛アリなんですか?」
思わず噴いた。
で、セクハラ発言ってことも分かっていたけれど・・・。
「いや、ダメってことはないけど・・・恋人でもできたの?」
「いえ、でも、その、好きな人が」
(もしかして俺か?)
自惚れたつもりはないけど、一瞬、頭をよぎった。
そんな俺の変化を察したのか、否定するように・・・。
「隣のグループのKさんなんですけど・・・」
Kは25歳くらいのヒョロリと背の高い優男って感じ。
ゲームとアニメが大好きの男だ。
「へぇ・・・で?告白でもするの?」
「いえ、でも、もっとお話がしたくって」
俺は、正直面倒くさくなっていた。
勝手にしろよ、学生か、と吐き捨てたくなった。
「すみません、俺さんにこんなこと言っても仕方ないですよね・・・」
Y子は下を向いて泣きそうになっている。
こんなことで2人の関係がこじれるのも嫌だし、仕事に支障をきたすのも困る。
「黙っていても何も解決しないよ。さっさと飯でも飲みでも誘いなよ」
みたいなことを言って、その日は別れた。
それからしばらく経ってクリスマスも近くなった頃、Y子も俺も年末らしく忙しい日々を送っていた。
Y子と憧れの先輩K君は、その後特に進展もなく(本人が言ってた)、ちょくちょくご飯なんかは食べに行ってるみたいだが、イブも別に過ごすらしい。
で、クリスマスイブ。
いつも通り、20時頃まで仕事をしていた俺。
周りにはポツポツ残っている奴もいるが、Y子は18時頃に帰っていった。
何年も独り身の俺は、イブも、バレンタインもほとんど意識せず、その日も「あぁ、そうか、イブだったか~」みたいなノリで帰路に。
会社から駅までの道を歩いていると、「俺さ~~~ん!!」と呼ぶ声。
このアニメ声は・・・と思って振り返ると、案の定Y子。
「俺さん、遅くまでお疲れ様ですぅぅ」
「あれ?Y子、飲んでる?」
「はい、飲んでますよぉ~~」
Y子はフリフリな感じのスカートに、これまたフリフリ風のコートで、精一杯って感じのおしゃれをしている。
「今、友達と飲んでたんですけど、俺さんに会いたくて抜けてきちゃいました」
キュンときた。
でも同時に、(コイツ、やべぇ)と思ってしまった。
「はぁ?早く友達んとこ戻ってあげなよ」
「いいんですよぉ~。それより、ご飯まだですか?一緒に行きましょうよ」
俺は複雑な気分になった。
Y子は、Kが好き。
イブは友達と過ごす。
でも、俺と過ごすことになっている。
「イブなのに、なんて言うのは無しですよぉー。何も言わずに付き合ってください」
完全に酔ってハイテンションになってる。
そのまま2人で黙って歩いて、最寄り駅も過ぎてまだ歩いて、30分くらい無言のまま歩き続けた。
冬とは言え喉が渇いたので、自販機でコーヒーを買って公園のベンチに座った。
Y子はオレンジジュースを買っていた。
2人でベンチに座って黙って飲んでいたが、Y子が突然、ハラハラと泣きだした。
「・・・」
言葉に詰まる俺。
「す、すみません、ズズズッ」
Y子はメガネを外してハンカチで涙を拭いている。
「どうしたの?」なんて言うのは野暮なんだろうな・・・と思い、前を向いてコーヒーを飲み続けた。
「俺さん、恋愛って、難しいですよね、エヘヘ」
「無理しなくていいぞ。っていうか、1回深呼吸して落ち着け」
変に冷たい言い方になってないか気になったが、後悔しても遅い。
Y子は鼻をズルズル言わせながら、また泣いてしまった。
「俺さん、K先輩のことは諦めました。彼女いました、あの人」
ポツポツ話すのを聞くと、休日はニートみたいな暮らしをしているKには、ニートのような彼女がいて、もう付き合って7年くらいになるらしい。
俺は頭の中で、しょーーもな!とか思いつつも、Y子が気の毒になった。
「Y子、そのうちいいやつ見つかるって」と言おうとしたのに、なぜか、「Y子、俺がいるって」と言ってしまった。
言ってから“しまった”と思ったが、時すでに遅し。
「俺さん、今、それ言うのズルいです」
またポロポロと泣きだしてしまった。
言い訳してもまた泣くだろうし、ちょっと放置。
肩くらい抱いてあげたらよかったのかもしれないけど、会社の先輩、後輩でそこまでするのもなって思い、寸前でやめておいた。
やがてY子が静かになった。
横目でチラっと見ると、メガネを外したY子はまつ毛が濡れて、妙に大人っぽい。
(このメガネも子供っぽく見せる要因なんだよな・・)
なんて考えながら、「メガネとると大人っぽいな」と冗談っぽく言って和ませようとした。
「すみませんね、普段子供っぽくて」
Y子はほっぺたを膨らませて、そっぽを向いた。
(そういうのが子供っぽいのでは・・・)
という言葉をすんでで飲み込み、「いやいや、十分素敵だと思うよ」と。
(って俺、何言ってんだ。口説いてるのか?)
自分で自分が分からなくなってしまった。
で、何を思ったか、気がついたらY子にキスしてた。
Y子は最初、ビクンと体を固くしたが、次第に体を預けるようにキスに応えてくれた。
実際には10秒にも満たなかったと思うが、唇を離すと、「え、ええー!えええーー!!」と耳まで真っ赤にして騒ぐY子。
こういうとき、どういう顔をしていいか分からず、もう1回、今度は少し強引にY子の唇を自分の唇で挟んだり、唇の端に舌を這わせたりした。
(失恋した女にキスするなんて、俺最低だよな・・・)
とは思いつつも感触が妙に気持ちよくて、何度も唇を重ねた。
Y子は途中から、「ん・・・」とか「ハァハァ・・」と軽く喘いだり、口を少し開けたりして、俺のキスに応えてくれた。
目尻が少し濡れていたので、指で拭き取ってあげた。
家が遠い俺は、そろそろ終電の時間になり、「ごめん、すごくキス気持ちいいんだけど、そろそろ終電だから・・・」と気の利かないセリフを吐いて立ち上がった。
Y子は少し俯いたまま俺の背広の裾を掴んだ。
「もう少しだけ、一緒に・・・」
「いや、でも、もう終電がなくなりそうだから・・・」
「・・・じゃあ、いいです、すみません・・・」
そう呟くY子がとても寂しそうだったので、俺は時計を見て逆算して、「あと5分くらいだったら、走れば間に合うか」と、またベンチに座ることにした。
Y子は俺の手を握って指先を見つめている。
なぜかその仕草が、俺のことを愛おしく思っているように思えた。
あっという間に5分が経ち、「もう、ほんとに終電やばいから・・・」と、後ろ髪を引かれる気持ちを振り切って立ち上がると・・・。
「もう少し・・・だめですか?」
「だから終電が・・・」
「待ってる人がいるんですか?」
「・・・いないの知ってて嫌味か?」
「じゃあ、今日だけ一緒に・・・」
「・・・!」
「ダメですか?」
Y子は会社の後輩、Kが好き、でもKには彼女が、一緒にって・・・。
色んな思いが錯綜したが、やっぱりこういうときに手を出すのは反則だろと思い、「じゃあ、一緒にいるけど、絶対手は出さないからね」と自分に言い聞かせるように言った。
<続く>