変化のない室内。
乳房の先が太ももに触れるほど折りたたまれた海老縛りのカラダ。
私は、私自身の流し尽くした汗とオツユ溜りの中、固く後ろ手錠に縛められた姿勢そのままで座りこんでいた。
と同時に、ヴィィィィンと鈍く痛烈な衝撃が咥えこんだクレヴァスから広がってくる。
前と後ろから胎内を掻きまわすバイブが再び快感を送り込んでくるのだ。
あの、めくるめくエクスタシーの素晴らしさときたら。
このままイキまくって、二度と拘束姿から抜け出せぬまま衰弱死してしまってもいい・・・。
そんな呆けた思考さえ浮かぶほどの、甘美で残酷なマゾの愉悦。
どうしよう・・・どうしよう、本当に拘束具がほどけない・・・。
このままじゃ衰弱して倒れちゃう・・・。
急速に突きあげた焦りをぐいとねじ伏せ、時計に目をやる。
気絶したのは5分足らず。
単調なTVの音声だけが室内を支配している。
(テトラはどこにいるの?)
とっさにそれを思った。
彼女の首輪につけた南京錠のカギ、あれが無くなったら私は終わりなのだ。
外に行ってしまわないように窓などの戸締まりは念入りにしてある。
どこか他の部屋にいるはずの、あの子を見つけ出さないと。
「ンッ」
ぐいっと足に力を込め、膝をいざらせる。
なにも起きなかった。
背中を丸めたまま仏像のように固まったカラダは、濡れたフローリングの床で微かに揺れただけだ。
やはり、どうカラダをよじらせても移動などできるはずもない。
顔から突っ伏して這いずるのは、ケガをしそうな恐怖があった。
背中高く吊りあげてしまった後ろ手錠も、自由な指が動かぬほど痺れきり、見込みの甘さを無慈悲なカタチで突きつけてくるのだ。
やはりムリなのか、テトラが戻ってくるのを待つしか・・・。
「・・・ッッ!」
こみ上げた甘い悦びが再びカラダの芯に火をつけ、私は舌を鳴らして喘いでいた。
もうダメだ、もう一度あれを味わって理性を取り戻す自信は、私にはない。
けれど次の瞬間、アイデアが頭をよぎっていた。
「・・・ッッ」
舌を鳴らし、喉声をあげてみる。
テトラを呼びよせる時、私はよく舌を鳴らしていた。
運悪く子猫が眠ったりしていなければ、きっと。
「ニャー」
「ん、んんーーッ」
ふにゃっとした顔でベッドルームの方から這い出てきたテトラに私は踊りあがった。
子猫の首にはカギが下がっている。
そう!
そのまま私の方に来て、その鍵を早く・・・。
ピンポーン!
大きく鳴り響くドアチャイムの音が、一人と一匹をすくませた。
「佐藤さーん、お届けものでーす」
ある事実に気づき、猿轡の下でさぁっと顔が青ざめる。
致命的なミス。
スリルを増すため、私はわざと玄関のカギを掛けていなかったのだ。
凍りついたまま、息もせずに様子を窺う。
ドアが開いていると気づけば、宅配業者は入ってくるかもしれない。
玄関からは扉を一枚挟んだだけ、首を伸ばせばリビングの私は丸見えなのだ。
チャイムが興味をひいたのか、近寄ってきていたテトラの足も止まっていた。
仮に宅配業者が部屋に入ってこなくても、開けたドアからテトラが外に出て行ってしまったら・・・。
ギシギシッと食い込む縄の痛みが、革の音が、気づかせてしまうのではと恐ろしい。
冷や汗が前髪の貼りついた額を濡らす。
「・・・ッッ」
息を潜めてテトラに舌打ちで呼びかけながら、私は焦りと裏腹のマゾの愉悦に犯され、気も狂わんばかりにアクメを貪り続けていた。
踏み込まれたら何をされてもおかしくない。
フェラチオ用の猿轡を嵌められて発情しきった緊縛奴隷を前に、彼は私に何をするのだろう。
どれほど犯され、嬲られようとも、私は這って逃げることさえ叶わぬカラダなのだ。
テトラが私の鼻先で首をかしげた時、ドアノブの回る音がした。
(ウソ、駄目、ドアが開けられちゃう・・・ホントに、すべて終わっちゃう・・・)
「・・・ッッ」
ガチャリという音に息を呑み、目を瞑る。
だが、聞こえてきたのは業者の驚きの声ではなく、すぐ隣に住む好青年の水谷君の声だった。
「なんです・・・は?ドアが?佐藤さんの。はぁ」
「・・・」
「あぁ、佐藤さんはさっき出かけましたよ。近所のコンビニかなにかだと思いますが」
「・・・」
「いや、開いてるからってドア開けちゃうのはマズいなぁ・・・おたく、どこの宅配屋さんですか?」
苛立っているような業者と会話を交わしていたが、やがて代わりに荷物を受け取っておくことになったらしい。
荷物を受け渡す音が聞こえ、そして玄関は静かになった。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
信じられないほど呼吸が乱れきっている。
ポトポトと、熱く滾ったオツユが太ももを伝っていく感触。
ビクビクンとさざ波のように震えの波が繰り返し押し寄せてくる裸身。
(私、2人の会話を聞きながら、何回もイッちゃってた・・・)
ぞくん、ぞくんと、拘束具に食い締められた裸身がおののきを繰り返す。
折りたたまれた両足も、何重にも縄掛けされた足首さえも、痙攣が収まらないのだ。
革手錠を嵌められ、高々と吊り上げられた無力な後ろ手がのたうち、カチャカチャと冷たい音を奏でて背中で弾んでいる。
見られるかも・・・犯されるかも。
本当にそう思って・・・怖くて、絶望に溺れるのが、最高に気持ちいいなんて・・・まだカラダが狂ってる・・・。
うあぁ・・・来るッ、またお尻が変になるぅ・・・。
辛うじて、ほんの首の皮一枚の危うい局面で、水谷君の誤解が私を救ってくれたのだ。
「みゃ?」
うっとり陶酔し、バクバク弾む動悸を抱えて浅ましく裸身をよがり狂わせる私の姿がどう見えたのか、テトラは楽しそうに私のおっぱいにしがみついてきた。
ツプンと食い込む、肉球の下の小さなツメ。
残されていた最後の理性が薄れ、痛みがめくるめく快楽を呼び覚ます。
絶息じみた喘ぎ声を残して、私ははしたなく、深く、長く、アクメを貪っていた。
このとき、私の胸に一つの疑いが浮かんできたのだ。
907号室に住んでいる大学生、水谷碌郎(みずたにろくろう)。
隣人である彼は、朝のゴミ出しや帰宅途中によく一緒になる、清々しい年下の好青年で、ゴミ出しにうるさい階下の吉野さんなどに比べたら遥かに良き住人だ。
しかし・・・思い返すと、気になることはいくつかあった。
例えば、今でも私は自縛しての危うい夜歩き、露出プレイを行っている。
志乃さんのプレイほどではないけど、リスクを犯せば犯すほどマゾの官能は燃え盛り、全身がアクメに取り憑かれたかのように打ち震えるのだ。
人に見られ、脅され、犯されたら・・・残酷なファンタジーが私をドロドロに焦がしていく。
だからこそ、私は他人の生活パターンに敏感になっている。
なのに、たいていの住人の生活パターンが見えてきた今でも、彼だけはまるで分からないのだ。
初めての自縛も、きっかけは彼だった。
冗談半分で後ろ手錠を試したときに訪問され、冷や汗をかいて応対するなかで自縛のスリル、快感を思い知らされた記憶がある。
身近なようでいて、どこか水谷君は謎めいているのだ。
ついさっきの出来事はどうだろう。
私は朝からずっと家だったのに、「コンビニでは」と断言した水谷君が宅配業者を引き止めてくれた。
そのためだけに廊下に顔を出した彼が、辛うじて私を救ったのだ。
・・・そんな都合のいい話があるだろうか?
論理的じゃないし、私の発想は飛躍しすぎかもしれない。
しかし。
まるで水谷君の行動は、“奴隷を守るご主人さま”のように思えないだろうか?
(バカみたい。考えすぎよ)
疲れた頭で思う。
思うのだけど、けれど・・・こうして水谷君から渡された小包の、その中身が私の動悸を激しく煽りたてるのだ。
「佐藤さん、夏休みなんですね」
小包を渡しながら、にこやかに彼は微笑んでいた。
「今年は冷夏ですし、あまり海とか遊びに行く気分なんないすよね」
「ええ」
そう答えると彼ははにかみ、雰囲気の良いバーが最近駅前にできたので誘ってもいいかと声を掛けてきたのだ。
その姿は少し大胆になった自分にまごつく青年という水谷君のイメージそのままだったのだけれども。
(分からない、私には)
以前にもこんなことがあったはずだ。
きわどい自縛の直後に水谷君が小包を持ってきて、そそのかすような背徳的な中身に釘づけになった記憶が。
どうして、こうもタイミングが良すぎるのか?
セルフボンテージにはまっていた前の住人、佐藤志乃さん宛に届く淫靡な小包。
「・・・ケモノの、拘束具」
口にしただけでゾクゾクッと惨めったらしい快楽の予感が背筋を這い上がってきた。
膝で丸まるテトラに目をやって身震いし、逸る胸を押さえて指を伸ばす。
猫耳をあしらうカチューシャと一体形成になったボールギャグ。
犠牲者を四つん這いに拘束する残酷な手足の枷。
ローター入りのアナルプラグを兼ねた尻尾が、私を誘うかのように光沢を放つ。
中身は、奴隷を四つん這いの獣に縛り上げるための、マニアックな拘束具だったのだ。
・・・コツ、コツと足音が近づいてくる。
自縛から抜け出す手段を失い、私は四つん這いのまま震える裸身を縮こめていた。
逃げ場もない。
拘束から逃れる手段もない。
為す術もなく震えているだけ・・・。
階段を上がりきった足音がエレベーターホールに入ってきた。
(見られた・・・すべて終わりだ・・・私、もう・・・)
悲鳴をあげることも出来ず、バイブの律動に身を捩じらせて耐えるだけの私。
つぅんと甘やかな後悔が背筋を突き抜けていく。
静かに私の正面にやってきたその人影は、しかし驚きの色もなく声を掛けてきた。
「・・・」
その声。
柔らかい声。
初めてなのに聞き覚えがある、どこか懐かしい、待ちわびたそれは。
間違って・・・ううん、あるいは意図的に、かつて佐藤志乃さんが住んでいたアパートに淫らな器具やビデオを送りつけてきた人物。
志乃さんを調教していた、ご主人様。
きっと、このままこの人に飼われるなら。
もう逃げる必要なんて、隠す必要なんてないんだ・・・。
がばっとベッドから飛び起きるのも、一瞬現実が混濁するのも昨夜と同じ。
二晩続けての、じっとりぬめる奇妙な悪夢。
あまりにもリアルで生々しい、手触りさえ感じられそうな夢の余韻に、不安さえ覚えて私はじっと天井を見つめていた。
すでにほの明るいカーテンの外。
(これはいったい・・・予知夢か、警告か、何かなのだろうか?)
ぼんやりしているところへ電話がかかってきた。
「高校時代にも一度、授業の一環でドラクロワ展を見に行ったことがあったわ」
「じゃ、早紀さんにとっては二度目の出会いなんですね」
電話は後輩OLの中野さんで、誘われるまま2人で美術館に行ってきた帰りだった。
表層的な付き合いの同僚ばかりが多い中、大学時代のように本当に親しくできるのは彼女を含めた数人程度だ。
「でもいいの?せっかくのチケット、彼氏と行った方が良かったんじゃない?」
「駄目なんです。あの人、からきし芸術音痴で・・・。それに彼とは昨日会いましたし」
そう言って目を伏せる中野さんの剥き出しの腕にかすかな痣を見つけ、私は密かに口元を緩めてしまう。
「ふふっ、中野さん、また手首に痣つけて・・・相変わらずSM強要されるの?」
「あ、いえ・・・違いますよー」
軽いイジワルを込めて話を振ると、彼女は面白いほど赤くなった。
「その、私も少しは、いいかなって思うようになって。縛られるのだって、慣れたら彼、優しいですし」
「あらら、ごちそうさま。一人身には切ない話題ね」
「早紀さんこそ、最近どんどんキレイになってます。実は彼氏いたりしません?」
「いたら私ものろけ返してる」
笑いつつ、ふと頭に浮かんだ水谷君の顔に私は動揺しかけていた。
いつから恋愛がこんなに不自由なものになってきたんだろう。
ただ素直に、好きとか一緒にいたいとか、そう思うだけの恋愛ができない。
良さそうな異性がいても、まず相手の職種や年収に意識が行ってしまう。
ある意味当然だけど、OLも3年目だし先を見据えないと・・・なんて思ってる自分が、時々本当に鬱陶しいほど重たく感じてしまうのだ。
水谷君だって、今までなら決して悪い相手じゃないはずなのに・・・。
「あ、やっぱ気になる人いるでしょう?」
「え。え、えぇっ?」
仰け反って思わず後悔する。
珍しく、受け身な中野さんが目を爛々と光らせていた。
この子、こんなに勘が良かったっけ・・・悔やんでも後の祭り、だ。
結局彼女に迫られて、普段と逆に水谷君のことを根掘り葉掘り聞き出されてしまった。
彼女自身の結論はシンプル、「気になるなら付き合ってみればいい」だ。
打算や損得抜きの恋愛も良いじゃないか。
アパートの隣同士ってのはあまり聞かないけど、だからって別れる時のことまで最初から計算する恋愛はないんだから。
それだけなら彼女の言う通り。
・・・例の、あの小さな疑いと疑問さえなければ。
(志乃さんのマスター・・・)
呟いて、ベッドに転がったまま天井を見上げる。
年下の彼。
爽やかでちょっと虐め甲斐のありそうな男の子。
誘われて悪い気はしない。
だけど、もし彼が、私の探しているご主人様、佐藤志乃さんを調教していたマスターだとしたら・・・。
彼はささやかな手違いで、私の人生を狂わせてしまった憎むべき男なのだ。
それとなく間接的にほのめかされ、そそのかされ、いつか私はどうしようもないマゾの奴隷にまで堕ちてしまった。
セルフボンテージでどうしようもなくカラダを火照らせる、卑猥なカラダに調教され、開発されてしまったのだ。
だから、もしご主人さまに会えるなら私はなじってやりたいのだ。
こんなにも人一人を変えてしまった彼の手違いを。
その残酷さを。
そして意識もなくなるほどドロドロに、深く、ご主人さまに責められたい・・・。
「・・・ッッ」
トクンと胸が波打ち、カラダが疼く。
ありきたりなSMのご主人様なんていらないのだ。
そう・・・あの人以外には。
水谷君がその彼なら、尽くすべき相手なら、私は今すぐにでも捧げられるだろう・・・。
だが彼が本人だと、どうやって確かめうるというのか。
推測だけを頼りに真正面から切りこんで聞くことなど、できるはずもないのだ。
堂々巡りの思考を断ち切り、送られてきた小包に目をやって、疼き出す息苦しさに私は目を瞑った。
軽い興奮に寝つかれず夜食を買おうと外に出たところで、夜のこの時間には珍しく水谷君に出会った。
話を聞くとバイトをしてるらしい。
「いつも夜にシフト入れてる友人が夏休みとってて、1週間だけ俺が入ってるんです。しばらくは帰宅も午前の1時、2時ですよ」
「そうなんだ、頑張ってね」
お盆を控えた帰省のこの時期、人の減ったアパートの廊下は怖いくらいに静かだ。
この爽やかな青年が、本当は私の主人様なのだろうか?
奇妙なやましさが込み上げ、目を合わせていられない。
俯いて通り過ぎようとしたとき、彼が呼び止めた。
「お休みの間、早紀さんはどこか旅行とか行かれます?」
「ええ、明後日から大学時代の仲間と」
国内でゆっくり避暑にでも行こうかという話がある。
そう言うと、彼はゆっくり笑った。
「そうですか。じゃ、今日明日中に急いで小包の中身を味わわないとダメでしょうね」
(えっ・・・?小包って・・・獣の拘束具・・・)
虚をつかれて息を呑む私に水谷君はそのまま告げた。
「『生もの、お早めに』って貼ってあったじゃないですか・・・小包の中身」
「余ったらお裾分けしてくださいよ」と彼が部屋のドアを閉じた後も、私は壊れそうな動悸を抑えこむのがやっとだった。
ゾクン、ゾクンと下半身がおののいている。
あまりに意味深な言葉の意味。
それが、分からぬわけなどない。
(私、今、ご主人さまに直接、命令されたのだろうか・・・?)
コンビニから戻った私の呼吸はさっき以上に動悸で上擦り、何を買ったかも分からないほどだった。
繰り返し繰り返し、水谷君の台詞がリフレインする。
「一週間だけ、深夜のバイトを入れた・・・」
「今日明日中に味わってみないといけないでしょう・・・」
わざわざ予定を教えてくれた彼。
この1週間はアパートの人も少なく、ちょうど自縛した私が夜歩きする時間帯が彼の帰宅と重なることになる。
『今日明日中に味わいなさい』
・・・命令調ともとれる、あまりに意味深な啓示。
もし彼が私のご主人さまで、私が気づいたことを知って言ったのなら。
私の、私自身の調教の成果を見せろというのなら。
・・・つまりセルフボンテージを施した、恥ずかしい私自身を見せろということなのか。
緊縛された無力な姿の私と、ばったり出会うことを望んでいるのか。
「・・・いけない。なに妄想してるの」
はっと我に返って呟く。
興奮しすぎるのは、セルフボンテージを行う上で致命的だ。
いかに酔いしれても、最後は自力で束縛から抜け出すしかない。
ムチャな自縛は怪我や事故に繋がりかねないのだ。
だいたい彼が、水谷碌郎が志乃さんを躾けたご主人さまかどうか断定できないのだ。
とはいえ、彼の一言が大きな刺激になっているのも事実だった。
普段より何倍も緊張に踊る私の心。
今なら遥かにスリリングで、興奮できる自縛を楽しめるに違いないのだ。
どのみち、送られてきた器具はいつか必ず使うのだから・・・。
「・・・」
ゆっくり、動悸が静まっていく。
いや、静まるというのは間違いだ。
相変わらず高いテンションのまま、気持ちがゆっくり波打っているのだ。
体の芯から広がり、指先の隅々まで広がっていく甘い被虐のさざなみ。
火照る自分のカラダが愛おしいほどに、気持ちが柔らかい。
「明日。明日の、夜に」
小さく呟いて、淡いランプに照らされたリビング中央の箱を、私はそっと撫ぜた。
今までとまったく違うタイプの拘束具に心が逸り、想像だけがあわあわと広がる。
ケモノの拘束具には、外すための鍵がなかった。
形状記憶合金を使った、ケモノのための手枷と足枷。
強靭な革を丸く手袋状に編み、袋の口に手枷代わりの合金の輪が嵌っている。
お湯につけて温めると開き、その後常温でゆっくり元に戻る仕掛けらしい。
いわばカギのない錠前つきの、危険な拘束具なのだ。
指先まですっぽり覆うこの手枷を身につけたら、再びお湯につけぬ限り、決して外すことができない。
奴隷自身にはどうしようもない不可逆性。
初めての拘束、初めての邂逅。
危うい罠から、私は逃れることができるのか。
それとも・・・今度こそ奴隷として、囚われてしまうのか。
<続く>