部署が違うので一緒に仕事をする機会は少ないのですが、たまに話をすることはあります。
大学では文学部にいたようですが、パソコンはもともと趣味で得意だったとのこと。
去年の秋頃、某取引先のお偉いさんとの会議がありました。
出掛けたのはうちの部長と隣の部長、それにデータ管理や秘書代わりとして茜さんも同行したようです。
これがあんな事の始まりだとは、そのときの僕には知る由もありませんでした。
会議のあった日の後も業務は何事もなかったかのように続きました。
その取引先との会議はその後も度々あったようで、隣の部長と茜さんの2人でよく出掛けていました。
ある日、仲間内の飲み会で話していたとき、隣の部長の変な噂を耳にしました。
「怪しい趣味がある」「付き合う相手におかしな人がいる」等。
その部長は40代で既婚者ですが、プロジェクトを次々成功させてるアグレッシブな人でした。
隣の部署の人の中には、なるべく関わらないようにしたいと言っている人もいるとの事。
僕は茜さんのことに興味あったので、それとなく彼女が最近どうしてるか聞いてみました。
そしたら、「特に変わったことはないけど、例の取引先に出掛けることが多いみたいだよ」って話でした。
社内で茜さんに会うと、前のように普通に話をしました。
「付き合ってください」とまでは言い出せなかったけど、そのうちどこかに誘えたらくらいは考えていました。
ちょっとした異変を感じるようになったのは、12月に入ったばかりの頃。
茜さんは、たまに暗い表情だったり、落ち着かない様子のことが増えてきました。
「急いでますから」と足早に立ち去ったり、頻繁にメールを確認している姿をたびたび見るようになりました。
何かあったのかな、と思いましたが理由はもちろん分かりませんでした。
そんなある日、物品担当の関係で取引先との会議に私も同行することになりました。
残念な事にその日は茜さんは同行せず、部長2人に私の3人で出掛けました。
初めて会った向こうの部長(『西村さん』としておきます)は同じく40代後半で、関西弁でしゃべる人でした。
会議は先方の会議室で普通に終わり、そのあと飲みに行こうという話になりました。
行った先は小洒落たバーみたいな所で、部長2人はウィスキーを何杯も飲み続けました。
僕はあまり飲めないので、勧められて仕方なく水割りを少しずつ口に運んでいました。
そのうち家が遠いうちの部長は先に帰り、僕だけは最後まで付き合うことになりました。
残ったのは西村さんと隣の部長(『鈴木さん』としておきます)。
お酒に弱い僕は、少し意識が朦朧としかけた中で残った2人の会話を聞いていました。
微かに耳に入ってきたのは、低い声での会話。
鈴木「それで、あの子はあれからどうですか?」
西村「うん、ええあんばいやで」
(あの子って誰のことだろう?)
ぼやけた頭に茜さんのことが浮かんできました。
どうしてそう思ったのか分かりませんが、たぶん僕が彼女のことを気にしていたからでしょう。
西村「ええ素質あるわ。久々の掘り出しもんやな」
鈴木「順調ですか?」
西村「最初だけちょっと難儀したけどな、ここまできたらもう問題あらへん」
鈴木「いや、お気に入って頂いて」
会話に割って入ろうと思いましたが、立場上それは控えました。
そのうち、会話が終わって帰ろうということになったので僕もなんとか立ち上がりました。
翌朝、目が覚めてからも昨日のことが気になってしょうがありません。
かと言って問いただすわけにも行かず、悶々とした日々を過ごしました。
よく考えてみたら、茜さんの事と結びつける根拠は何もないのです。
忘れかけてたある日、その西村部長の所へ予算報告に伺うことになりました。
業務が終わる夕方頃、西村部長の所へ出掛けました。
報告は簡単に済み、そのあと飲みに行こうと言われて、また例のバーへ向かいました。
最初、西村部長は仕事の話をずっと続けていましたが、酒が進むにつれて下世話な話に移っていきました。
自分の所の女子社員が気が利かないとか、秘書が社長と不倫してるとか、そんな話を延々と聞かされました。
ふと思い立って、「隣の部署の茜さんが伺っていますよね、彼女は優秀ですか?」と聞いてみました。
西村さんはちょっとびっくりした様子でしたが、ニヤニヤしながら・・・。
「優秀やで・・・物を覚えんの早いし、従順やし、別嬪さんやしな」
なんか嫌な感じでしたが、それ以上詳しくは話してくれませんでした。
西村さんは年下の僕しかいないせいか、いつもよりたくさん飲みました。
その間何度も携帯が鳴り、その都度仕事の指示を出していました。
メールも何度も受け取り、打ち返したり電話で答えたりしていました。
僕はもう帰りたいと思い始めましたが、なかなか離してくれません。
そのうち西村さんはテーブルに突っ伏して眠りこけてしまいました。
マスターは「いつものことですよ」と言って、タクシーを呼んでくれました。
マスターは一緒にタクシーまで西村さんを担いで運んでくれて、自宅の住所を運転手さんに教えてくれました。
「ここはツケになってますから」という事で、僕もようやく帰れる事に。
ふと見ると、西村さんの鞄がソファーの上にありました。
忘れていったようでしたが、機密書類なんかが入っているかもしれないので店に預けるわけにもいきません。
明日返すことにして、その日は僕が預かることになりました。
家へ帰ったのは、12時を回る頃でした。
茜さんのことで西村部長が言ってた言葉がどうしても頭から離れません。
正直に言うと、少し前から妄想を働かせていました。
そんなことあるはずがない、あって欲しくないという気持ちと、ひょっとしてというモヤモヤ感。
疲れて寝たい気持ちでしたが、ふと西村さんの鞄のことが気になりました。
開けるのは躊躇いましたが、横のポケットから店で使っていた携帯が覗いています。
悪いことだとは知りつつ、西村さんの携帯を見ずにはいられませんでした。
震える手で着信記録や送信記録を確かめると、社員とのやりとりとの間に不思議な登録名を見つけました。
『D3-AK』
茜さんのことで頭が一杯になっていたせいか、この『AK』というのが茜さんの事ではとピンときました。
僕は茜さんの携帯番号を知らないので、本当にそうか確かめることは出来ません。
それに、本名で登録しないのはどうしてなんだろうと思いました。
『D3-AK』の送受信日時を見ると、大半が夕方以降、または土日のものでした。
遅い時は1時を回っています。
ふと思い立って、今度はメールの記録を見てみました。
やはりD3-AKとの送受信記録があります。
(これではっきりする・・・)
自分の妄想が外れてくれることを願いながら、メールを開きました。
これらのメールを、最近のものから開いていきました。
簡単なやりとりが多く、いまいち要領が掴めません。
西村『今夜11時、いつもの所』
AK『承知致しました。時間通り伺います』
西村『昨日の命令、ちゃんとやってるか?』
AK『命令通りにしています。仕事が終わるのが8時を回りそうです』
西村『じゃあ、9時には来なさい』
僕は、もっと前のメールまで遡ってみることにしました。
そもそも『D3-AK』とのやりとりはいつからあるのか?
記録を遡ると、11月の初めが最初でした。
この時期も嫌な感じでした。
例の会議が始まったのがこの頃だったと思うからです。
最初の送信メールは西村部長からのもので、それに対する返信が最初の受信メールでした。
その文面を見て、僕は血の気が引く思いでした。
西村『茜さん、昨日は楽しかったなあ。仕事だけやったららちがあかん。仕事の後はしかっり楽しまんとな』
やっぱりD3-AKは茜さんのことだったようです。
その返事は・・・。
茜『西村部長、昨日は大変失礼致しました』
調べてみると、この後に電話でのやりとりがあります。
その数日後。
茜『メールにてお返事致します。土曜の件はご遠慮させて頂きます』
その翌日。
茜『了解しました。9時に伺います』
(茜さんは何か弱みでも握られてるんだろうか?)
そう思うと、何かしてあげなけりゃという気持ちが湧いてきます。
メールのほとんどは短い文面だったので、これで分かったことは茜さんがオフの時に何度も西村部長と会っているという事だけでした。
沈んだ気持ちで順番にメールを見ていくうち、不思議なことに気づきました。
初めの頃は拒絶の文面だった茜さんからのメールが、いつの間にか従順なものに変わっているのです。
『今夜10時に伺います。楽しみにしています』
『申し訳ありません。遅れました。償いは土曜にさせて頂きます』
(どういう事なんだろうか?)
その時の僕には知る由もありませんでしたが、11月下旬のあるメールは僕の脳天を打ち砕きました。
西村『命令したこと、ちゃんとやってるか?証拠送れ』
茜『はい。ご命令通りにしています』
添付された1枚目の写真は、スカートをたくし上げて下着とパンストをアップにしたものでした。
2枚目はもう少しアップで、白い下着の縁から何かが覗いています。
色や形から、どうやらバイブのようでした。
僕は完全に血の気が引きました。
1枚目の写真に写っているスカートは、間違いなく茜さんも穿いているうちの女子社員の服なのです。
放心しながらその写真を眺めた後、もしかしたらデータフォルダに他にも写真があるかもと思いました。
調べてみると、『D3-AK』という名前のフォルダが見つかりました。
その中には100枚近い写真が収められていました。
<続く>