「人の家庭を壊しておいて寝ていたのか?妻が全て話したぞ。今すぐここに来い。嘘ばかり吐きやがって。すぐ来いよ」
勿論妻も悪いのですが、ずる賢く、人の心理を逆手に取る事に長けた、口の旨い課長によって、初心な妻がこうなってしまった事も理解出来、私の怒りの比重は、課長の方に大きくなっていました。
しかしこの後、私も心理を逆手に取られ、演技力に騙され、課長の口車に乗ってしまうのです。
40分ほどしてやって来た課長は、玄関を入るなり土間に土下座して、10分ほど顔を上げずに謝り続けました。
「私が全て悪い。君の気が済む様に殴ってくれ。殺されてもいい」
そう言われて殴ってやろうと思っていた私は、殴れなくなってしまいました。
部屋に入ってからも椅子に座らず、やはり土下座して謝り続けています。
課長は私の気が少し収まったのを感じて。
「ばれてからでは遅いが、私も目が覚めた。私が言うべき事では無いが、君はこの事を早く忘れたいと思う。すぐに金の話しかと思わずに聞いてくれ」
この後課長は、離婚経験から慰謝料は50万が相場で離婚する場合は300万前後だという事、課長と妻二人に請求できる事などを他人事の様に説明し、次に、今回部下の奥さんとこういう事に成ってしまったのは不徳の致す所で、相場より多い80万、離婚の場合500万払うので、許して欲しいと言いました。
「人の家庭を壊しておいて、たったの80万?離婚で500万?」
「すまん。君も知っていると思うが、今の私には大金だ。離婚した時に売った家のローンがまだ残っているし、妻への慰謝料、養育費などで多額の借金が有る。80万でも今話しながら、どう工面したらいいのか考えていた。ましてや500万と成ると分割でしか払えない。裁判にして貰ってもいいが、これだけの金額は出ないし、世間や会社に知られるかもしれない。そうなると部下の奥さんという事で、私はクビになるだろう。私は自業自得だし、脱サラも考えていた所なのでいいが、こう言う事は尾ひれが付いて面白可笑しく噂し、君が会社に居づらくなるのが心配だ」
多額の借金が有ることは噂で聞いていましたが、その内容は今話した物より、派手な生活で作ってしまった物でした。
初めから500万など払う気の無い課長は、離婚されない様に私の心を揺さぶってきます。
「もし離婚となると、子供達の年齢、君の仕事から考えても親権は京子さんになるだろう。私のしてしまった事で、君と子供を引き裂く事になってはお詫びの使用がなくなる。それでも離婚になった時は、京子さん達を路頭に迷わす事の無い様に、責任を持って面倒見させてもらう」
頭の中に一家団欒の様子が浮かびましたが、妻や子供達と楽しそうに話しているのは、私では無く課長です。
またベッドの中で毎晩、課長の太い物を入れられている妻の姿も浮かび、それだけはどうしても我慢できずに、離婚する気が無い事を言うと、課長は私のパソコンを貸してくれと言って、すらすらと念書を作りました。
そこには私への謝罪と、80万振り込む事、妻には今後一切連絡もしないし、会わない事、また私へは、これで解決したものとし、今回の事でこれ以上お金の請求はしない事、ただし課長が約束を破った時はその範囲でない事等が書いて有りました。
帰国してからの、あまりの出来事と展開の速さに頭が付いていかない私は、まだ怒りは有りましたが、課長の言う事に納得してしまい、言われるままに署名捺印しました。
課長は署名した後、印鑑の代わりに拇印を押し、お互いに1部ずつ持つ事にして、謝りながら帰って行きました。
どう工面したのか知りませんが、月曜には80万振り込まれており、これで後は妻と私の問題に成ったと思っていましたが、プライドの高い課長は、やはり全て演技で、少しも反省しておらず、殴られたことを根に持ち、私への嫌がらせが始まりました。
振込みの有った翌日、昼休みに会社近くの公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいると、課長がやって来て横に座り。
「西山君、済まなかったな。でも80万は痛かったな。まあ京子には色々させたが、上の口からも下の口からも涎を垂らして、ヒーヒー言っていたのは京子の方だ。本当は俺が京子からお金を貰ってもいい位だ」
私が握り拳を作って立ち上がると。
「何だ?また殴るのか?殴ってもいいぞ。この前は事情が事情だったので我慢してやったが、もう念書を交わし解決金も払った事で済んだ過去の話になった。今度からは警察に届けて、治療費も請求するぞ。上司に暴力を振るえばまずクビだ。この不況の中、次の就職口は有るのか?」
私は、今後の生活の事を考えると殴れませんでした。
「人の妻を呼び捨てにするな。いくら上司でも失礼だろ」
「京子は俺のケツの穴まで舐めて、自分で俺の太い物を入れて腰を動かしていた女だぞ。そう言わずに呼ばせてくれよ。それにしても京子は凄いな。『主人の物より気持ちいいですー』と言いながら、何回気を遣っても直ぐにまた求めてくる。あんな淫乱な女は初めてだ。君も大変だな。ハッハッハッ」
課長が去った後、殴る事も言い返す事も出来ない自分に、やり場の無い怒りをベンチにぶつけていました。
その後も毎日の様に、私が1人になると側に来て、妻の身体の感想や気を遣る時の様子、妻から聞き出した私達のセックスの事まで話してくるという嫌がらせが続きました。
妻は、子供の前では普通に振舞っていますが、毎夜2人になると泣きながら許しを請い、別れないで欲しいと頼んできます。
私は、課長がどんな人間か分からせる為に、課長が話した内容を全て話して泣いている妻を更に責め、狂った様に泣き出す妻を見る事で、その日その日の鬱憤を吐き出していました。
出張に出ると課長に会わなくていいので、少しは楽になれると思っていましたが、1人になると、妻は反省した振りをしていただけで、またマンションに行っているのでは無いかと心配になり、毎晩電話していました。
結局、何処に居ても気の休まる事が有りませんでしたが、出張から帰って1週間もすると、課長は私の反応に飽きたのか、殆ど嫌がらせも無くなりました。
少し気持ちも落ち着いて来たある日、課内の飲み会が有り、女子社員も全員参加した事で課長はご機嫌で、女子が帰った後も男だけで飲み直し、次第に話は下の話になり、酔った社員が。
「課長はどうやって処理しているんですか?まさか離婚してから女無しって事は無いでしょ?」
「まあ色々と有ったな。OL、ナース、人妻」
「もっと詳しく教えてくださいよ。どれが一番良かったですか?」
「それは何と言っても人妻だな。何より人妻はあれの味を知っているから、性欲剥き出しで挑んでくる。最近まで付き合っていたのが人妻だったんだが、この女がいい女でな、顔は綺麗と言うより可愛い感じで、脚はすらっと長く、腰は括れていて、やや下を向きかけているが胸が大きいんだ。とても子供を2人生んだ30代半ばの身体だとは思えん」
「そんな女と、どうやって知り合うんですか?」
「その女は、若い時に少し付き合ったことが有ってな。その時は純情でキスをしようとしただけでも、真っ赤になって嫌がったのに、今では上に乗って、自分で腰を使いながら気を遣ってしまうんだ。そのギャップが何とも言えん」
私の酔いはどんどん醒めていきました。
「まだ付き合っているんですか?」
「いや別れた。女は俺の大事な物を握って『これから離れられない。主人の小さいのじゃ満足出来ない』と言って縋り付いたが、好き物で一晩中求めて来るので、体がもたんと思って亭主に返してやった」
それを聞き、違う社員が。
「俺、課長の物を見た事が有るけど凄いんだぞ。あんなのでされたら女は堪らないだろうな。それに引き換え可哀想なのはその亭主だ。返して貰っても課長の物以外では、ガバガバになっていて使い物に成らないんじゃないか?」
全員笑っていますが、私の顔は引き吊っていたと思います。
調子に乗った課長は更に。
「まあ亭主に悪いと思っていても、こいつの味を覚えてしまい、色んな気持ちいい事を覚えてしまった身体が、何時まで我慢出来るかな?また亭主の留守に泣きながら『もう我慢出来ません。太いのをください』と言って来る様な気がするが、来ても断る積もりだ。また一晩中上に乗って来て腰を使われては、俺がもたんからな。ハッハッハッ」
自分に都合の良い様に変えて得意げに話す課長に、殺意を覚えて体が震え、テーブルの下では拳を作っていましたが、他人の浮気の話を聞く度に、まさか自分がその立場になるとは夢にも思わず、今まで、浮気をする男は甲斐性が有り、される男は情けない男だと思っていた私は、この時はまだ浮気されるのが情けないのでは無くて、浮気された後の対処の仕方が情けないのだとは気付かずに、今話している人妻が自分の妻だと分かり、情けない男と思われるのが怖くて、怒りをぐっと飲み込んでしまいました。
次の出張に行くと、課長の言った“何時まで我慢出来るかな?”という言葉が気になり、また毎晩電話をしてしまいます。
このままでは気が変になってしまいそうで、出張から帰ると、しばらく別居しようと言いました。
妻は泣きながら許しを請いましたが、脅すためにしばしば使っていた“離婚”という言葉を口にすると、仕方なく了承しました。
別居と言っても、妻を自由にする事は心配だったので、実家に返す事にし、妻と子供達が出て行く前日、夜遅くに帰ると妻の両親が来ていて、義父は私の顔を見るなりその場に土下座し、それを見た義母と妻も慌てて土下座しました。
妻の両親には心配を掛けたくなかったので、今回の事を隠しておくつもりでしたが、妻が話した様です。
妻の父と母は、私達が結婚した時に“いい息子が出来た”と喜んでくれ、早くに両親を亡くした私に対して、本当の親以上に良くしてくれ、娘2人を嫁に出して2人暮らししている今でも、何かに付け面倒を見てくれていました。
こんな妻でもまだ愛していて別れる気は無かった上に、口では言えない位の恩の有るこの2人に土下座までされては、別居を止めて妻を許すしか有りません。
妻はもう2度とこの様な事はしないと、私たち3人の前で泣きながら何回も謝りましたが、私がゆっくり出張に行ける様に、義母の提案で、出張の間は両親のどちらかが泊まりに来て妻を監視してくれる事になり、夫婦の間も少しずつ以前の状態に戻りつつ有りました。
普段の夫婦関係は以前に近くなり、夜妻を責める事も少なくなり、あれ以来妻を抱く気になれなかった私も、性欲が出てきて。
「おい。俺の前に立ってパジャマを脱げ」
私に一切逆らわなくなっていた妻は、下を向いて従い、下着姿になった時、やはり思い出してしまい、虐めてしまいました。
「奴にはあんなエッチな下着で、俺の時はそんなのか?」
妻は泣き出し。
「ごめんなさい。あれは捨ててしまって、こんなのしか持っていません」
「持って無かったら買って来たらいいじゃないか。駅に行く道にアダルトショップが有るだろ。明日までに何枚か買って来い」
「許して下さい。恥ずかしくて店に入れません」
「恥ずかしい?奴にはあんな格好で、何でも言う事を聞いたお前が、俺の言う事は聞けないのか?もういい」
私は背を向けて寝ました。
翌日、風呂から出てベッドで本を読んでいると、妻が入って来たと思ったら、無言でパジャマを脱ぎだしました。
妻は透けた真っ赤なベビードールを着ていて、短い裾から、やはり透けた真っ赤なTバックのショーツが丸見えになっています。
興奮した私が口でする様に言うと、妻は私の下を全て脱がせて、一生懸命頬張り、私は出そうに成ると妻を押し倒し、股の部分の布を横にずらして、少ししか濡れていない所に入れるとすぐに出し、妻を満足させる事無く、欲求を満たしました。
その後も、毎晩色々な格好をさせ、飽きるとまた買いに行かせて、欲求を満たしていましたが、妻を道具の様に扱い満足させた事は有りません。
それが妻に対する罰だと思っていましたが、本当は、妻は告白で私の物でも気を遣る事が出来たと言っていましたが、それは嘘で、演技だったのでは無いかと疑っていた為、満足させようとして妻が満足出来なかった時を思うと、怖かったのかも知れません。
そんな生活がしばらく続いて4ヶ月ほど経った頃、心労と2重生活の為か、入院する程では無いのですが義父が体調を崩してしまい、もう妻の事は大丈夫だと思っていた事も有り、出張中の監視を断りました。
それから1ヶ月が過ぎ、火曜日に9日間の出張から戻ったその週の日曜日、久し振りに子供のミニバスの試合を見に行ったのですが、絶えず隣に座って離れなかった妻が、役員の為にハーフタイムの間、子供達の世話をしに行った時、知り合いのお母さんが来て。
「お義父様の具合はいかがですか?それにしてもお宅の娘さん達はしっかりしていて羨ましいです。夕食の後片付けや、朝食の準備までお手伝いしてくれて。家の娘と大違い」
「娘がお世話になったのですか?妻に聞いていなかったので、御礼も言わずに済みません」
「ええ。先週の金曜日に、お義父様のお世話でお義母様が疲れてしまって、一度ゆっくり寝かしてあげたいから一晩頼むと言われて。私は日曜までいいからと言ったんですけど、土曜日の夕方には迎えにいらして。私の所で良ければ、遠慮無くいつでも言って下さいね」
「ありがとう御座います。その時はまたお世話になります」
いくら鈍い私でも、妻が嘘を吐いて預かって貰った事は分かりました。
妻の両親に聞けば嘘が分かるのですが、これ以上心配を掛ける訳にはいきません。
その時、出張から帰った時に聞いた、部下の話を思い出しました。
「係長。課長は係長の出張に行った月曜日と今週の月曜日の2日もずる休みして、2週も続けて3連休にしたんですよ。風邪だと届けていましたが、先週の日曜日に偶然ショッピングセンターの家具売り場で会った時も、次に出社した時も、風邪の症状など何も無くて、元気そのものでしたから、絶対あれはずる休みです。次も風邪がぶり返したと言っていたけど、そんな様子は何も無かったです。私達は土、日も満足に休め無いのに、いくら社長のお気に入りだと言ってもずるいです。何か有るんですかね?」
(また課長の所に?それも1日だけじゃ無い。信じていたのに。クソー!)
身体が震え、妻に何も告げず、体育館を後にしました。
娘の試合が終わって帰ってきた妻は、私の険しい顔を見て、どうして黙って先に帰ったのかも訊かずに、腫れ物にでも触るかのように接して来たので確信を持った私は、子供達が寝てから寝室に呼ぶと、妻は下を向いたまま震えて立っていました。
「何を言いたいのか分かるな?課長のマンションにまた行っただろ?もう離婚しか無い。今から荷物をまとめて出て行け。転職してでも子供達は俺が引き取る。お前の様な女に育てさせる訳にはいかん」
泣き崩れた妻に、考えられるだけの汚い言葉を浴びせ続けました。
妻は子供が起きてこないか心配になる位、泣き叫びながら謝り、許しを請いましたが、1時間ほど経った時に私が。
「俺はお前の事をもう1度信じたんだ。2度も裏切られて我慢出来るほど大きな人間じゃない。もうお前の嘘泣きにはうんざりした。子供達にも全て話し、お前の事を一生怨みながら、子供達と生きていく事に決めたからいくら謝っても無駄だ。早くあいつの所へでも何処へでも行ってしまえ」
そう言いながら、泣きじゃくる妻を足で突き倒すと、妻はゆっくり立ち上がり、ふらふらと歩き出すとクローゼットを開けて、一番大きなバッグに服を入れ様としましたが、急に走って来て私の足に縋り付き。
「あなたを愛しているのに、身体が。身体が。あなたに悪くて罪悪感に押し潰されそうなのに、この身体が。今、この家を出て死のうと思ったけど、最後のお願いです。最後はあなたに見守られて死にたい。あなたの手で死にたいです。お願いします。私を殺して」
私は首を絞めながら仰向けに寝かせ、更に力を入れると、妻は涙を流しながら、じっと横たわっています。
1度も2度も同じだと思った訳では無いのですが、不思議と妻に対する怒りは前回ほどでは有りませんでした。
また、妻を満足させずに、長い間生殺しの状態にしていた事も原因の1つだと思いましたが、やはり何回も謝罪させ、苦しめずにはいられませんでした。
しかし、課長に対する怒りは前回以上で、その分も妻を虐めていたのです。
勿論、殺す気は無いので手加減していた手を離し。
「これが最後だぞ。もう次は無いぞ。俺は一生お前を信用しないかも知れない。今後俺の言う事は絶対で、間違っていると思っても口答えせずに従えるか?生活全てに俺に逆らう事は許さん。セックスも俺が望んだ時だけで、例えそれが人の居る屋外でも、裸になれと言ったら脱げるか?」
私にそんな趣味は有りませんでしたが、他にも無理難題を投げ掛けると、妻は泣きながら全てに頷き、感謝の言葉を言いながら縋り付いて来ました。
「やはりお前のして来た事全てを知らないと、再出発は無理だ。それに奴にもそれだけの償いはさせる。今度は俺が訊かなくても、自分から全て詳しく話せるな?嘘を吐いて後でそれが分かったら、今度こそ終わりだぞ」
妻は何回も頷き、涙を拭きながら少しずつ話し出しました。
妻の告白を聞いても、妻への怒りは変わりませんでしたが、妻の言う事が本当なら、私にも責任が有ると思いました。
ただ、発覚した為に言っているだけでは無いだろうか?本当に別れたのか?セックス依存症などと言う病気が有るのか?それより、本当に心療内科に行ったのか?など疑問が浮かびましたが、そんな事より課長への怒りの方が強く、気が付くと課長のマンションへ車を走らせていました。
私は両親を相次いで病気で亡くし、歳の少し離れた姉と共に祖父母の世話になっていて、一時期ぐれて喧嘩ばかりしていましたが、母親代わりだった姉に恋人が出来、両親がいない上に、弟がこんな状態では結婚も出来ないと思い、そういう生活を辞めて、両親の残してくれた保険金で大学も出ました。
喧嘩が強かった訳では無いのですが、殴り合いになっても、喧嘩慣れしていない課長だけには負ける気がしなかったので、死ぬまで殴ってやる気で部屋の前まで行くと、私にとって良かったのか、課長にとって良かったのかは分かりませんが、何処かに出掛けている様で、電気も点いておらず、ドアにもたれて考えている内に、だんだんと冷静になってきました。
両親を早く亡くした私は、やはり子供達の事が気になり。
(課長を殺してしまって、何年も刑務所に入ることになったら、子供達はどうなってしまうのだろう?殺すまで行かなくても、やはり逮捕されると、後ろ指を刺され、肩身の狭い暮らしをさせてしまうだろうな・・・。)
私が離婚しないのは、妻に未練があった事も有りますが、子供達を片親にしたくないという事も大きかったです。
そんな事を考えていた時、人の気配がして顔を上げると。
「西山君!!」
冷静になっていた筈でしたが、課長の顔を見た瞬間、手が先に出ていました。
よろけて尻餅を付いた課長に馬乗りになり、更に殴ると。
「どうしました?警察を呼びましょうか?」
振り向くと、隣のドアが少し開いていて、若い男が覗いていました。
「いや。何でも無い。友達と意見が食い違って、少し興奮しただけだ。西山君、中で話そう」
私が課長から降りると、課長は頬を押さえながら鍵を開けて入って行ったので、私も入り、土足のまま上がってソフアーに座ると、課長は以前と同じ様に土下座して。
「すまん。悪かった」
それだけ言うと、後は無言で土下座しています。
私も、どうやって決着を付ければ良いのか、どうやって気を収めれば良いのか分からず、無言でいました。
しばらく沈黙が続き、その間私は、どの様に決着をつければ良いか考えていました。
勿論、課長を殺してしまいたい気持ちは有りましたが、実際、殺人までは出来ない事は分かっていたので、課長の一番困る事は何かを考えましたが、一人身で家族という弱みの無い課長には、お金と会社での地位しかないと思い。
「黙っていないで、何とか言えよ。どうするつもりだ」
「私には何も言えない。殴るなり、殺すなり好きにしてくれ」
キッチンへ行き、包丁を持って来て彼の前に置き。
「お前のせいで俺の人生は無茶苦茶だ。人殺しになって、これ以上駄目になるのは御免だ。自分で死んでくれ」
計算高い課長が、逆に私を刺して、人生を棒に振る事はしないと確信があり、また、これはお得意の演技で、反省している筈が無く、自分を刺す事も無いと分かっていたので、冷静な目で見ていると、やはり課長は、一度包丁を持って自分の首に当てたものの、すぐに下に置いて。
「死んでお詫びしようと思ったが、怖くて出来ない。他の条件なら何でも呑む。どうかこれだけは許してくれ。頼む」
今回は前回とは私の怒りも違う事を示したかっただけで、こうなる事は分かっていました。
「それなら、もう二度と妻に近寄るな。俺の出張をすぐに減らせ。お前の顔を見たくないから、俺と顔を合わさない部署に代われ。それが出来なければ会社を辞めろ。それと慰謝料の一時金として百万。あくまでも一時金で、後は今後のお前の態度で決める。あれから俺も調べたが、確か慰謝料の請求は3年余裕が有ったよな?例えその時1円も取れなくても、皆に知られ様と裁判をする覚悟は出来ている。それと、俺はお前の事を一切信用していない。前回の様に念書も誓約書も書かん。すぐには和解しないで全て継続中にする。その代わり証拠として詫び状は書いてもらう。どうだ?全ての条件を呑めるか?」
課長は寝室に行くと札束を持って来て、私の前に置き。
「ここに百万有る。他の条件も全て呑むから、許してくれ。ただ顔を合わさない部署に移動するのは、すぐには無理だ。必ず意に沿うようにするから、これだけは少し猶予をくれ。お願いだ」
金に困っている筈の課長が、百万もの現金を持っていたのも不思議でしたが、それよりも、人事権の無い課長が、困ると思った部署替えの件を、すんなり了承した事に驚きました。
詫び状を書かせ、何かスッキリしない気持ちで家に帰ると、妻はまだ泣いていて、私の顔を見るなり、課長とどうなったかも訊かずに謝り続けています。
「京子、本当に悪いと思っているのか?本当に心療内科へ行ったのか?」
妻は何度も頷き、バッグの中から診察券を持ってきました。
疑れば桐が無いのですが、ばれた時の為に医者に行ったとも思え、私も話を訊きたいので今度一緒に行くと言って反応を見ると。
「お願いします。ありがとう」
縋るような目で私を見ながら言いました。
カウンセリングには一緒に通う事にして布団に入っても、先程の課長の事と妻の告白の中に有った“今は大事な時期”というのが、何か関係が有る様で気になり寝付けません。
次の日、課長の顔は腫れていて、課の社員達が、どうしたのか尋ねると。
「夕べ帰り道で誰かと殴り合いになったのだが、酔っていてよく分からんのだよ。そんなに腫れているか?」
私はそれを聞き、右手をポケットに入れて隠しました。
「課長。警察に届けなくていいのですか?届けた方がいいですよ」
「いやー、俺もかなり殴った様な気がするから、相手の怪我の方が酷いんじゃないかな?警察はやめておくよ」
課長の手は腫れも傷も無く、綺麗な手をしていたにも関わらず、殴り合いの経験が無いのか社員達は、その事を疑問にも思わないで、課長と一緒に笑っていました。
この日、離婚届を持って家に帰ると、妻は玄関まで出迎えに来た後、私の着替えを手伝い、キッチへ戻って、私と妻の夕食の準備を続けました。
子供達はもう寝ていたので、離婚届をテーブルに開いて置くと、それを見た妻は手を止め、うずくまって泣き出しました。
「京子、離婚しようという訳ではないんだ。俺は正直、京子を全面的に信用出来ないでいる。また出張に行ったら、仕事も手に付かないと思う。だから今後少しでも不信な所が有れば、それが浮気で無くて俺の思い過ごしでも離婚しようと思う。もう京子を疑って生活するのに疲れた。だから京子が署名した離婚届を、お守り代わりに持っていたい。京子には、それ位の事をする義務は有るだろ。俺に不信感を与えなければ、俺は絶対に署名しない」
妻は泣きながら署名しましたが、手が震えて上手く書けません。
どうにか書き終えると、私に抱き付き。
「お願い出さないで。一生懸命償うから出さないで。もう二度としないから出さないで。お願い。お願い」
「京子次第だ」
その後の妻は、近くのスーパーに行くだけでも、行く時に家から携帯に電話し、家に戻るとまた電話をしてきます。
また、私が家に帰るとこれが大変で、私の後を付き歩き、1日の行動を事細かに、必死に報告します。
実際そうだったのかは分かりませんが、妻の必死さから信用する事にしました。
普段の生活では、タバコに自分で火を点けた事が無いほど世話を焼いてきて、お風呂に入っても、座っているだけで、自分で洗ったことが有りません。
カウンセリングに行く時などは、まるでデートでもしているかの様に、一緒にいるのが楽しくて仕方ないようでした。
妻は気付いていないかも知れませんが、一緒にいる時だけは疑われなくて済むので、自然と気が楽になるのだと思います。
課長はと言えば前回とは違い、私が1人になると必ず側に来て、謝罪の言葉を言います。
課長が部長に何と言ったのかは分かりませんが、課長が社長のお気に入りだと言うことも有り、約束どおりこの月から私の出張も減り、少し寂しい気もしましたが、今迄家庭の事を妻に任せ切りにしていた事を反省して、妻や子供達との時間を増やしました。
しかし、あの課長が本当に反省したとは考えられず、会う度に謝り続ける課長を、最初は今度の事が決着していないので、私に媚を売っているとも思いましたが、あれだけプライドの高い課長が、ここまでする事に疑問を持ち、私に謝罪すればする程、何か有るのではないかと疑っていました。
夜の生活は、私がなかなかその気になれず、前回の事も有ったので、このままでは駄目だと思いましたが、思えば思うほどその気にはなれませんでした。
カウンセリングの先生は、焦らず気長に、もっと気を楽にしてと言ってくれるのですが、そう言われれば言われるほど気は焦り、気持ちとは裏腹に、その様な行動に出られません。
そんな状態が続き、新しい年を迎え、子供達が元気になった儀父の所に泊まりに行った日、妻と一緒に風呂に入って、いつものように洗ってもらい、先に出た私が寝室で椅子に座ってテレビを見ていると、妻は入って来るなりテレビを消して、テレビの前で立ったままパジャマを脱ぎ出しました。
妻は以前買った、黒い透けたブラジャーとやはり黒で透けているTバックを穿いていて、顔を見ると濃い目の化粧がしてあり、目には涙が溜まっています。
「もう私では駄目かも知れないけど、あなただけでも気持ちよくなって」
妻は椅子に座ったままの私の前に跪くと、強引にパジャマのズボンとパンツを一緒に脱がせ、咥えてきました。
私は我慢出来なくなり、妻をベッドに連れて行くと全て脱がせて、自分も全裸になり、妻とは逆の方向に覆い被さり、しばらくお互いの敏感な所を刺激し合い、私がスキンを着けて妻の中に入ると、妻も下から激しく腰を使いながら。
「あなた、早くいって。早く出して」
私は出そうなのを我慢して腰を動かし続けると、妻は大きな声で喘ぎだし。
「早く出して。早く出してくれないと、私も。私も」
妻は、以前与えた罰の事を覚えていて、自分は気を遣っては駄目だと思っていたようです。
「京子、いってもいいぞ。一緒にいこう」
「いいの?私もいいの?いいの?あなたー!」
妻は気を遣った後、私に抱き付き、声を出して泣いています。
私は、もう一度妻に咥えてもらい、元気なった物を妻の中に入れ、今度はスキンを付けずに、久し振りの感触を楽しみ、最後は妻に飲んでもらいました。
その後は毎日の様に愛を確かめ合いましたが、こんな事は新婚の時以来初めてです。
課長は未だに、日に一度は謝罪の言葉を言って来るので、私も、今度は本当に反省しているのだろうか?と、甘い考えを持ちだした1月の末に、みんなの日程が合わず延び延びになっていた、遅い新年会がありました
この日は部長も参加し、挨拶の中に不況の話や営業成績についての話があった為、あまり盛り上がらなかったのですが、課長一人は上機嫌で酒を飲み、部長が帰った後で行った、男だけの二次会でもかなり飲んで、酒の強い課長が、こんな状態なのは初めてだというほど酔っていました。
「課長、やけに機嫌がいいですが、何かいい事でも有ったのですか?」
「課長、俺、噂を聞きましたよ。社長のお嬢さんと結婚するって本当ですか?」
「誰に聞いたんだ。君は情報が早いな」
「やはり噂は本当だったんだ。それはおめでとう御座います」
皆は口々にお祝いの言葉を言っていますが、私には初耳で、しかも嫌な予感がした為、お祝いも言えずに黙って聞いていました。
「お嬢さんと言っても38の出戻りで、何も出来ない我がまま娘なので、俺には養育費も有るし、借金も有るからと断ったのだが、あの親ばか社長は、借金を多い目に言ったのに、次の日には『これで身辺を綺麗にしておけ』と言って、小切手を持って来たので、断れなかったよ」
課長は酔った勢いで、恥も外聞も無く借金の話もして、その後も口は滑らかで。
「結婚式はいつですか?」
「2人とも再婚なので結婚式はやらないが、3月の末に籍を入れて4月に披露パーティーをする予定だったのだが、1ヶ月早くなり、パーティーが終わり次第、その足で籍を入れに行くつもりだ」
「また急な話ですね」
「ああ。話は半年も前から有ったんだが、生意気にも俺の事を気に入らなかった様なんだ。それでも社長に面倒を看てもらっている手前、2ヵ月後に渋々デートに応じたんだが、最初から膨れっ面で一言も話さないし、とてもデートなんて呼べる物では無かった。流石に俺も頭にきて、彼女のマンションまで送って行った時に強引に関係を持ってやった」
「関係を持ってお嬢さんは、課長の物を気に入ってしまったという事ですか?」
酔った社員が口を挟むと、自慢話が始まり。
「ああ。前の亭主が何も知らない堅物で、幼稚なセックスだったらしく、男の物を咥えた事すら無いんだ。始めは触るのも嫌がっていたが、一度俺の物を味わった後は言いなりよ。今ではマンションに入ると、すぐに欲しがって咥えてくる。1ヶ月早くなったのも彼女のわがままで、早く一緒に暮らしたいからと言っていたが、本当は、早く毎晩して欲しいからの間違いじゃないかな。ハッハッハッ」
「課長。これで出世は約束された様な物ですね」
「いやー。社長までは無理かも知れんが、取締役くらいはな。ハッハッハッ」
これで、今は大事な時期と言っていた事や、お金を持っていた事など、全ての謎が解けました。
課長は更に飲んでいて、もう私との関係や、自分の言っている事が分からなくなっている様子で。
「お金の身辺整理は出来ても、女の方は大丈夫ですか?」
「ああ、綺麗なもんよ。例の人妻ともまた色々有ったが、金で話がつきそうだし。籍を入れるまでは大人しくしておらんとな」
「籍を入れるまでですか?」
「彼女は我がままだが美人だし、何も知らない女を仕込む楽しみは有るが、腰の使い方まで知っている人妻も捨て難い。結婚したら俺のと違って賃貸じゃないから彼女のマンションに入るが、また関係が戻ってもいい様に、俺のマンションは借りたままにしておくつもりだ。俺が出世したら、君達も上に引っ張ってやるから、精々頑張れ」
そう言い終わると、横になって寝てしまいました。
課長が寝てしまうと、酔った上の話とはいえ、流石に皆、嫌悪感を顔に出しましたが、私はそれどころでは有りません。
(やはり、少しも反省していない。こいつは妻の事をまだ諦めていないし、籍を入れてしまえば、俺に対する態度もまた変わるだろう。何より、出世すれば会社での俺の居場所も無くなるかも知れない。)
私の腹の中は煮えくり返り、その後毎日、復讐を考えていました。
披露パーティーは仲人も無く、一部の社内の者と少しの友人、あとは濃い身内だけの、あまり派手ではない物でしたが、私も直属の部下という事で招待されていました。
当然私などのスピーチは無かったので、司会の方に簡単な祝辞と歌を歌わせて欲しいと言いに行き、ワインを飲みながら出番を待っていると、暫らくして私の名前が紹介され、前に出てマイクを外して持ち、課長に方に近付きながら。
「課長。本日は真におめでとうございます。と言いたい所だが、人の家庭を無茶苦茶にしておいて、自分は幸せになるつもりか?俺の妻は二度までもお前にいい様にされて、今、心療内科に掛かっている。それでも懲りずに、また誘う為にマンションはそのまま借りておくだと。ふざけるのもいい加減にしろ。もう妻はかなり良くなったから、お前の所なんかには二度と行かない」
課長を含め、みんな呆気にとられて、止めにも来ないで立ち尽くしていました。
「それに、新年会で社長の事を親ばかだとか、お嬢さんの事を、何も出来ない我がまま娘と言っていたが失礼だろ。そんな事が言えるのか?お前はその社長から貰ったお金で慰謝料を払ったんだろ?自分のした事の後始末くらい自分の力でしたらどうだ」
私は胸ポケットから百万円を出して課長に投げつけ、反対のポケットから、コピーしてきた10枚の詫び状を出してばら撒きました。
私はまだ言いたい事が有ったのですが、やっと我に返った部長に腕を引かれ、お嬢さんの泣き声を聞きながら会場を出ました。
会場の外で部長は、私の肩を何度も叩きながら。
「後の事は任せておけ」
会場の中に戻っていく部長を見ていて、何故か涙が溢れました。
この縁談は破談になり、課長も会社を辞めて、私を名誉毀損で訴える事も無く、その後どうしているのか分かりません。
一度課長のマンションを覗きに行ったのですが、もう表札も有りませんでした。
当然、私も会社を辞めて、今は部長に紹介して貰った会社に勤めています。
ここは主に中国製品を扱っている、20人ほどの小さな会社ですが、私が中国の担当だった事で、あるポストを用意して迎え入れてくれました。
給料はかなり減ったのですが、小さいだけ有って、今迄の様に守りではなく攻めている分、充実感が有ります。
家のローンや子供達の将来を考え、給料が減った分、4ヶ月前より妻が事務のパートに行き出しました。
男が多い職場なので気になりましたが、このご時世、結婚以来仕事をしていない妻が、働く所が有っただけでも奇跡に近く、贅沢は言っていられません。
妻は未だに、その日の事を何でも詳しく話してくれます。
先日も「◯◯さんに食事を誘われたけれど、主人以外の男の人と食事しても美味しくないし、楽しくないからと言ったら、それから一切誘って来なくなった」と笑っていました。
私はお守りを持っている事も有って、妻を疑わない事にしました。
今思うと、あの頃は出張先でも、家庭の事は気になっていましたが、妻の顔を思い出した事は、無かったような気がします。
妻が思っていた様に、妻の事を、空気の様な存在に思っていたのかもしれません。
同じ様に愛し合ってはいても、妻を裏切ったことの無い私より、私を裏切った妻の方が、私の事を愛していて、必要としていた様な気がします。
普段の生活も、あれ以来変わらず、妻は甲斐甲斐しく私の面倒を看てくれ、夜の生活も、縛ったりはしませんが、完全にSとMの関係です。
最近ではこういう関係に満足していて、あんな事が無かったらこういう関係になれなかったし、妻への愛も再確認出来なかったと思います。
また妻に何か有りましたら、ここに書かせて頂きますが、もうここに書く事は永久に無いと信じています。
甘いかな?