年の割には若々しく知的で可愛らしい顔をした母は、私にとって憧れの対象でした。
小柄で色白の肌をして豊かな胸を持った母を思いながら自慰に耽るうち、母を私の物にしたくなり、籠絡して自分の女にしました。
まず私が母に劣情を抱いていることを伝えるために、母の使用済み下着を精液で汚して洗濯籠に戻しておきました。
これで私が母を性の対象として見ていることが伝わったと思います。

翌日、母から何か言われるか心配していましたが、何事もなかったように振舞っていました。
何回か同様のことを繰り返しましたが、特に拒否することもなく私の行動を受容する母を見て、葛藤しながらも私の劣情を受け容れる覚悟をしたと判断し、一線を越えて母を犯す決意をしました。

いつものように2人だけで炬燵に入ってテレビを観ている時に行動に移すことにしました。
まず自分の足で母のふくらはぎに触れて様子を見ました。
特に拒否するような素振りがなかったので、足の指で太腿の内側を撫でると母はビクッと体を震わせていましたが、やはり無言のままでした。
そのまま足の指で母の恥丘を撫でると、さすがに「何をするの?」と言い、身を固くしました。

「やめてっ!私達は親子なのよ!駄目っ!」

形ばかりの抵抗をする母を寝室に連れ込みました。

「いや、やめて」という言葉を無視してスカートを捲り上げ、下着を脱がすことももどかしく母の膣に指を挿入し、胎内を掻き回しました。

指を挿入されて諦めたのか、ようやく母は大人しくなりました。
そこで母は最悪の事態を避けようと思ったのか、私のいきり立った男根を手にすると、口に含んで舐め始めました。
経験がなかった私は思わず母の口内に放出してしまいました。
母は精液を放出して茫然としている私に、「今日のことは忘れなさい。いいわね」と言い残し、寝室から出て行きました。

流石にこれで終わりかと思っていました・・・。
しかしその翌日、母が思い詰めたような顔をして、先日と同じ服装で私の前に現れました。
いよいよ私を受け入れる決心がついたと思い、手を引いて寝室に向かうと、母は肯いて大人しくついて来ました。

とうとう双方合意の上で母と体を合わせることになりました。
母を敷いてあった布団に横たえると、昨日とは打って変わって大人しく股を開きました。
下着を剥ぎ取り、股間に指を入れると、そこは十分に濡れそぼっていました。

「入れるよ。いいね?」

返事はありません。
いよいよ我慢出来ず、女陰に男根をねじ込むと、「ウッ・・」と言って顔を背けました。
挿入を繰り返すたびにくぐもった呻き声をあげます。
その素っ気ない態度とは裏腹に母の膣肉は蠢き、私の男根を締め付けます。
とうとう我慢出来ず、「中に出させて」と耳元で囁くと、母は横を向いたまま、「はい」と呟きました。
その返事を聞いてたまらなくなった私は、男根を深く挿入して母の子宮口に亀頭を押し付け、そのまま思いの丈を母の胎内に放出しました。

それからは、家族が留守の時を見計らって母の体を貪りました。
セックスにも慣れ、次第に落ち着いて母を抱くことができるようになってから、私は母の身体に挿入しながら今までの性体験を告白させました。

母の初体験は遅く、24歳で父と結婚した時でした。
夫婦関係はもともと淡白だったためか、私を出産した後はずっとセックスレスで、私に襲われて思わず男根を口にしたのが初めての口淫であったことを母は快感に泣き悶えながら告白しました。
父とは正常位でしか経験がなかったと言う母と様々な体位で交わり、その度に胎内に中出しをするようになりました。
私を咥えるまで無垢だった母の唇に一度放出した後、母の愛液と私の体液で濡れそぼった一物を咥えさせ、きれいに掃除するように仕込みました。
最初の頃はおずおずと咥えるだけでしたが、今では2度目の射精を口内に受けるまでねっとりとしゃぶってくれるようになりました。

母は私に何度も抱かれて女の悦びを知るようになると、「もう私以外には抱かれたくない」と言うようになりました。
その言葉に嘘はないと思いますが、他の男には見せられない体にするために、母の陰毛を剃り落してました。

こうして私に、中出し、緊縛、剃毛と全てを受け入れるように仕込まれた母ですが、まだ未開発の場所がありました。
年の割には型崩れもなく、固くすぼまった肛門です。
バックで責めながらすみれ色の肛門を指で弄ると、「何するの?そんな所は触らないで・・・」と言い、お尻をよじって嫌がります。
そこで私は母が絶頂に昇りつめる寸前で男根を抜き出し、寸止めで焦らすことで私を受け入れるように仕向けました。
そうやって何度か母を焦らしているうち、ついに根負けしたのか、母は肛門処女を捧げることに同意しました。

受け入れやすいように四つん這いの姿勢をとるように命じ、母の鏡台にあったコールドクリームを念入りに肛門の襞に塗りつけて指で拡張しました。
少しほぐれた肛門に亀頭を押し付けて力を込めると、「嫌よ!痛い!」と拒絶の言葉を口にしながらも母は四つん這いの姿勢を崩しません。
私は母の最後の処女地に男根を捻じ込みました。
苦痛の呻き声を上げながら私に肛門を掘られる母の姿を見ながら、私は絶頂の時を迎えました。

こうして私の女にされた母にとって一番の気がかりは、『関係が世間に知れること』と、もうひとつは『妊娠』だったと思います。
今はもう完全に上がっているのでその心配はありませんが、初めて母を抱いた頃はまだ生理も定期的にあり、私も若かったので3日と空けず中出しして子種を注いでいました。
そのため母は少しでも生理が遅れると、すがるような目で私を見てきました。
しかし、それでも中出しを拒まない母を見ていると、私の子種で妊娠することをあるときから覚悟していたのではないかと思います。

しばらくして、身体中の全ての穴を犯されて私専用の女になった母の姿を記録するためにビデオ撮影を試みました。
当初はバックで挿入しながら本人に気付かれないように撮っていました。
そのうち正面からの痴態も撮りたくなり、因果を含めるため、母に挿入しながらビデオのモニターで何本か撮り溜めた本番ビデオを観せると、「こんないやらしいものを撮らないで!誰かに観られたらどうするのよ!」と言って身を固くしました。
AVもろくに観たこともない母にとっては、いきなり自分の生本番を観せられ、しかもすでに何本も撮られていることがショックだったようです。

「やめて・・・」

哀願する母の言葉を無視して結合部や顔にレンズを向けると、嫌がる言葉とは裏腹に膣肉が私の男根を締め付けてきました。
そのまま挿入を続けるとやがて諦めたのか、なし崩し的にハメ撮りを受け入れてよがり声を上げ始めました。
今ではビデオに撮られ、身体の全ての穴に私の男根を受け入れながら、よがり声を上げて痴態を晒す淫らな女になりました。