泥酔ってほどじゃないけど、会社の飲み会の帰りの電車で眠り込んじゃった職場の先輩に終点まで付き合って・・・ってのはあったな。
とりあえず登場人物ね。

オレ:会社員、入社4年目。
見た目は普通レベルと思いたいメガネ男子。
職場にも慣れてきて、仕事が楽しくて仕方ない年頃。
結婚とか、「何それ美味しいの?」状態だった。
唯一の趣味はドライブ。

先輩:職場の3年先輩。
パンツスーツ姿が様になる長身美人。
仕事ができて社内外からの評価は高いけど、性格ややキツめで近寄り難い感じ。
過去に同僚数人が無謀にもアプローチしたが、「ガードが堅過ぎて玉砕した」って話を男同士の飲み会で聞いたことがある。

「先輩、起きて。そろそろ降りる駅ですよ」

予想外に盛り上がった会社の打ち上げの帰り、乗客もまばらな最終電車の車内。
対面の座席で気持ち良さそうに寝息を立てている先輩に、少し大きめの声をかける。
思った通り、反応はない。

白いシャツの間から覗く首元は朱色を帯び、髪の間から穏かな寝顔が見える。
オフィスでテキパキ指示を飛ばしてる引き締まった表情しか印象になかったけど、先輩の寝顔ってこんな優しそうな感じなのか・・・。
とかって見惚れてる場合でもない。
長い脚が少し広めに開かれてるけど、いつものパンツスーツ姿なのが残念・・・。
などと思ってるあたり、オレも今夜は少し飲み過ぎたらしい。

さて、どうしたものか。
男の後輩なら頭を2、3発叩いて無理やり起こすところだが、相手は女性。
それも役員や部長連中から一目置かれているデキる先輩だ。
下手に身体に触るのはマズい気がする。
逡巡した結果、とりあえず手近な壁を叩いてみることにする。

バンバン。

周囲の乗客数人がこちらに怪訝そうな視線を向けるが、本人からは反応なし。
次の手として、足元の仕事鞄で先輩の膝を叩いてみる。

バシバシ。

「ん・・・」とか言ってるが、これも目を覚ますほどじゃない。

車掌のアナウンスが流れ、減速し始める電車。
嫌な予感がするんだが・・・。

先輩「・・・え、ちょっと。ここ、どこよ?」

オレ「終点。こんなところ、オレも降りるの初めてですよ。ってか重い・・・1人で立てますか?」

先輩「重くて悪かったわね。寒い・・・あ、ほら、時刻表。帰りの電車は?」

オレ「折り返しの電車なんかもうないです。さっきのが最終。もう日付が変わってますよ」

先輩「え・・・ええっ!?」

オレ「少しは状況が見えてきましたか?とりあえず、ここにいても仕方ないから。ほら、改札出ましょう」

先輩「・・・あの、ゴメン。ひょっとして私が起きないからここまで付き合ってくれたの?」

オレ「仕方ないでしょ。あのまま放っておけないですよ」

一緒に降りた数人の乗客は足早に改札へと消えていった。
オレもとりあえずそちらへ足を向ける。
後ろをチラッと振り返ると、申し訳なさそうな表情でトボトボとついてくる長身の女性。
職場のデスクの間を颯爽と立ち回っている普段の様子を思い浮かべて、そのギャップに思わず微笑が漏れる。

オレ「これ、買ったばかりで汚くないから巻いといてください」

先輩「え・・・でも・・・」

オレ「アルコールが抜けてきて寒いんでしょ。風邪引きますよ」

先輩「じゃ、遠慮なく・・・」

鞄からマフラーを取り出す。
顔を見るのはさすがに照れ臭くて、後ろ手に渡す。

「あ、ぬくい」

ボソッと言うのが聞こえてきた。
駅に1つだけの小さな改札を出て、オレはすぐに後悔した。
真っ暗だ。
居酒屋の灯りすら見当たらない。
やれやれ、駅名だけはいつも目にしていたが、こんな田舎だったのか。
思わず長い溜息を洩らしてしまう。
オレが怒っていると勘違いしたのか、「ちょっと駅員さんに聞いてくる」って言うのが早いか、先輩は足早に去って行った。
何を尋ねてくる気なのか知らないが、こんな風に気を遣う先輩の姿を見るのは初めてで、場違いに新鮮な気分がする。

先輩「ね、わかったよ。そこの商店街っぽいのを抜けると、1軒だけ泊まれるところがあるって」

オレ「泊まれるところ?え、なんで?先輩、帰らない気なんですか?」

先輩「だって・・・もう帰れないんだよね?」

オレ「いや、それはさすがにマズいでしょう」

先輩「明日の朝、何か予定あったっけ?」

オレ「まだ寝呆けてるんですか。明日は土曜日。休みですよ」

スマホを取り出して会社のスケジュールを確認しようとしていた先輩の手が止まる。
苦笑いしながら辺りをもう一度見回すと、駅前のロータリーにタクシーが1台滑り込んでくるのが目に入った。

オレ「ちょうどいい。アレに乗りましょう」

先輩「え、あ、ちょっと・・・」

小走りでタクシーに近付きながら手を振ると、運転手も気付いてハザードを点滅させる。
ホッとしながら半開きの後部ドアの横に立って後ろを振り向く・・・が、そこに期待していた先輩の姿がない。
(あれ・・・?)と思いながら小さなロータリーに視線を巡らせると、見慣れたダークスーツのシルエットを発見。
どういうわけか、さっきの場所から全く動かないまま、その視線は空に向けられている。
酔っぱらって月見でもしているのか。
手を上げて名前を呼ぼうとした瞬間、細身のシルエットがくの字に折れ曲がった。
深夜のロータリーに断続的に響く水音と嗚咽。

運転手「あの人、お連れさん?」

オレ「はぁ。まぁ、そうです」

運転手「車が汚れると困るんだよ・・・ゴメンね」

ロータリーから去っていくタクシーのテールを名残惜しい思いで見送る。
気分を切り替えて元の場所に戻りながら、わざと明るい感じで先輩に声をかける。

オレ「だいぶ吐きましたね。スッキリしました?」

先輩「・・・」

オレ「って、あー・・・そのシャツ、洗わないとダメですね。スーツもクリーニング出さないと」

先輩「う・・・」

オレ「しかし珍しいですね、先輩がそんなになるまで飲むなんて。酒に関してはうわばみだと思ってたんだけど。昔はオレもよく潰されましたよね」

先輩「うぇ・・・」

オレ「うぇ?」

先輩「うええぇ・・・もうやだ。お気に入りのシャツだったのにビショビショ。しかも寒いし。この靴も買ったばかりなのにー、今日まで頑張ってきたのに、こんなとこを職場の後輩に見られるとかあり得ない。もー最悪ー」

オレ「・・・先輩、ひょっとして泣き上戸ですか?」

先輩「うるさい。早くなんとかしなさいよ。男でしょ」

オレ「なんとかって言われてもそんな無茶な・・・その駅員さんが教えてくれた泊まるとこ?ビジネスホテルか何かかな?たった1台のタクシーに乗車拒否されたんだから、そこ行くしかないですよ。歩けます?」

先輩「無理。おんぶ」

オレ「・・・久しぶりに聞きましたよ、その単語。マジで?」

先輩「マジで。寒い。早くして」

アルコールと吐しゃ物に香水がブレンドされた複雑な匂いが肩の上から漂ってくるが、口で息をして耐え忍ぶ。
背中にグッタリとのしかかる想定外の温もり。
酒のせいで体温が高いのか、少し汗ばんでいる。
そういえば、大学時代から付き合っていた彼女に別れる時にワーカホリック呼ばわりされて以来、まともに女の身体に触れてこなかった。
大腿部の感触を無意識に楽しもうとする両手を辛うじて抑えつけながら、足を前に進めることにだけ意識を集中させる。

オレ「そろそろ商店街も終わりですよ。泊まれるところって、この辺ですよね?」

先輩「・・・3つ目の角を右だって。さっきの駅員さんが」

オレ「ってか、なんでよりによって上り坂なんですかね、この商店街。あと、細く見えるけどやっぱそれなりに重いんですね、先輩。意外に着痩せす・・・」

ダラリと垂れていたはずの腕がゆっくりとオレの首に巻き付いて、唐突に息が苦しくなる。
後ろに回した手で臀部を数回叩いて降伏の意思を伝えると、圧迫感が退いた。
こんなことになるなら、さっきの車内で頭をバシバシ叩いてでも無理やり起こしとくべきだった。
やれやれ・・・と口に出そうになる言葉を噛み殺しながら、指示された角を曲がる。
灯りのなくなったひなびた街の一角に、控え目だが確実にそれとわかるネオン。

オレ「え・・・コレって」

先輩「・・・」

オレ「旅館とかビジネスホテルを想定してたんですけど」

先輩「仕方ないでしょ。入って」

オレ「いや、しかし・・・」

先輩「酸っぱい臭いがする女とは嫌だっていうの?」

オレ「いえ、先輩となんてむしろ光栄ってか夢みたい・・・いや、何言ってるんだ、オレ。でも、さすがに心の準備が」

先輩「勘違いしないで。この状況を乗り切る為なんだから」

オレ「あ、やっぱり?オレ、がっかりしていいですか?」

先輩「せいぜいがっかりしなさいよ。当たり前でしょ?準業務命令です」

オレ「えっと、とりあえず、ここで待っててください。水持って来ますから」

首筋に流れる汗を感じながら、なんとか部屋まで辿り着いた。
さすがに息が上がっている。
ドアを開けたところでヘタりこんだ先輩を残して室内に進み、飲み物を探す。
もろファッションホテルな内装に妙な気分になりながらも、冷蔵庫にミネラルウォーター発見。
それを手に玄関に戻るが、先輩はさっきと同じ体勢で横たわっている。
まさか変死体とかになってないだろうな?

オレ「ほら、水ですよ。飲めますか?」

先輩「・・・無理みたい。飲ませて」

先輩の頭を腕で支えて、ペットボトルの水を口に含ませる。

(背は高いのに頭はこんなに小さいのか・・・)

妙なことに感心しながら喉が数回動くのを確認。
片手を伸ばして靴を脱がせる。

オレ「ちょっと触りますよ?」

先輩「勝手にして。もういっぱい触られたわ」

脇と膝の下に腕を差し入れると、オレの意図を察したのか首に両腕を絡ませてくる先輩。
顔の位置がかなり近いが、目線を前方にキープして必死に黙殺。
火照った身体を持ち上げる。

薄暗い間接照明に浮かぶダブルベッドの横で立ち止まり、長い身体をゆっくりと下ろす。
そのままの体勢でグッタリ動かない先輩に目で合図して、ジャケットから腕を抜いて脱がせる。
いつの間にか胸元のボタンが外れていて、白い生地の間から覗く暗色の下着。
歯を食いしばって視線を引き剥がし、次に取り掛かるべきタスクを検討。

オレ「風呂に湯を張ってきます。このジャケットは大丈夫みたいだけど、そのシャツとパンツは洗わないとダメですね」

先輩「君のも汚しちゃったね。ほんとにゴメン。置いといてくれたら後で私が・・・」

オレ「いや、今は休んでてください。後ろ向いとくから脱いで」

背後でゴソゴソする気配を感じながら、しばらく待つ。

「お願い」っていう小さな声とともにそっと差し出された服を受け取り、バスルームを探す・・・までもなかった。
ベッドから見える位置にジャグジー発見。
しかもガラス張り。

(こういうところに入るのって本当に久しぶりだな・・・)

妙な感慨に耽りながら、とりあえず湯船に湯を落とす。
先輩をおんぶする前にジャケットは脱いでおいたが、オレのシャツの背中には吐瀉物がたっぷり付着している。
ネクタイを緩めてシャツを脱ぎ捨て、1枚ずつ手洗いする。
両手から伝わってくるヌルヌルした感覚をシャットアウトして、単純作業を淡々と進める。
2人分の汚れた服をハンガーに吊るす頃にはジャグジーに湯が張られていた。
さっきと同じ体勢のまま目を閉じている先輩の肩を揺すると、微かな反応があった。
眉根を寄せた表情が、思いの外あどけない。

オレ「風呂、用意出来ましたよ。入れます?」

先輩「んー・・・まだ無理みたい。先に入って・・・」

確かに顔色がまだ悪い。
洗面器をベッドサイドに置いたことを伝えて、オレは服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
普通の風呂にはない備品がいくつか目に付くが、これも全力で無視。
今夜のオレは修行僧のようだ。

正体不明の液体と臭いを洗い流して湯船に身体を沈めると、やっと一息つけた。
ふと視線を上げると、ちょうどベッド全体が視界に収まる。
んーなんだかなぁ・・・。
その真ん中に、弧を描いて横たわる美しい肢体。
それが昼間の会議でオレをやり込めた女性と同1人物だということが、いまだに信じられない。
手早くガウンに身を包んでバスルームを出る。
冷えたミネラルウォーターを飲み下しながら、ベッドの上の下着姿の女から視線を引き剥がせない。

先輩「・・・何見てるの?」

オレ「ん。起きてました?いや、脚長いなーと思って」

先輩「見ていいとは言ってない」

オレ「見てはいけないとも言われてません。少し元気になってきましたか?」

先輩「微妙。まだ吐き気がする」

オレ「ゆっくり休んでてください。夜は長いです」

先輩「その台詞、なんか嫌な感じ」

伸びやかな手足を惜しげも無く投げ出した目の前の身体は堪らなく蠱惑的だが、青白い顔色とまだ微かに残る刺激臭がオレの欲望に辛うじてブレーキを掛けていた。
冷蔵庫にウィスキーがあるのを見つけて、グラスに琥珀色の液体を注ぐ。
スーツ姿しか知らない女の半裸を肴に酒を飲む。
たまにはこんな夜もいいだろう。

爪先が反り返る感覚に、意識が呼び戻される。
見知らぬ天井。

(どこだ、ここは?)

周囲に視線を走らせても、見覚えのない物ばかり。
脚を動かそうとするが、何かに押さえつけられていて動かせない。
上半身を起こそうすると髪の長い女が視界に入った。
軽くパニックになりながら、その頭部に手を伸ばす。

先輩「あ、やっと起きた」

オレ「・・・先輩?え、ちょっと、そこで何を・・・」

先輩「今夜は私ばっかりダメなところ見られて、フェアじゃなかったと思わない?」

オレの下半身から顔を上げて答える様子は、オフィスで聞き慣れたいつものフラットな口調。
だが、その唇は唾液で淫靡に濡れて、話しながらも片手はゆっくり上下に動くのをやめない。
目を閉じて記憶を遡ること数秒。
そういうことか・・・。

オレ「その濡れた髪、冷たいんですけど。お風呂に入ったんですね」

先輩「部署で一番デキる女としては、いつまでも酸っぱい臭いさせとくわけにはいかないでしょ?」

オレ「で、この状況の説明をしてくれますか?」

先輩「だから。今夜は私ばかりダメなとこ見られてフェアじゃなかったから、今バランスを取ってるとこよ。綺麗な形してるのね、コレ。造形美的になかなかイケてるわ」

オレ「準業務命令だったのでは?」

先輩「君の本日の働きに報いようかなと思って例外的措置を取ってるわけ。まさか不満なの?」

オレ「寝込みを襲われた上にオレだけ攻められてる現状って激しく不満です。あと先輩とのファーストキスが唇じゃなくてそっちっていうのも凄く不満だし」

先輩「ちゃんと先に唇を奪ったから安心して。全然起きないから下におりてきたの。他にご不満は?」

オレ「・・・水が飲みたいです。重労働だったんで」

先輩「そうだったわね。ご苦労様。ちょっと待って」

オレの上に馬乗りになってペットボトルを手に取ると、そのまま自分の口へ。

(え・・・それ、オレが飲みたいんだけど)

そう思っていると、ガウン姿の上半身がそのまま倒れ込んできて、唇に生々しい圧迫感。
あっという間に滑り込んできた舌を経由して口内に注ぎ込まれる液体。

オレ「ん・・・美味い。なんていう銘柄だったかな、このミネラルウォーター?」

先輩「失礼ね。誰が飲ませてあげてると思ってるの?」

オレ「そういえば誰でしたっけ?こんなにいやらしい人、うちの部署にはいないはずだけど」

先輩「ふーん。じゃ、お互いそういうことにしましょう」

オレ「・・・え?」

先輩「私達はお互いを知らない。今からすることも一夜限り」

オレ「これが最初で最後ってことですか?それは要検討ですね・・・」

先輩「もしバラしたら、アルコールで前後不覚になってる私を無理やり連れ込んだって言うから。人事部長に君のセカンドキャリアについて相談しなくてはならなくなるわよ」

オレ「そのガウンの下、何も着てないんですね。さっきからオレの太腿がヌルヌルするんですけど」

先輩「気のせいじゃない?でも条件を呑むなら、朝まで私を好きにしていいわ。さぁどうするの?若手ホープの決断力、今見せなさいよ」

オレ「職場と同じ交渉力をベッドで発揮しないでください。最初から拒否権が与えられてないじゃないですか。新人研修の時からずっとこのパターンなんだから・・・」

先輩「ふふっ、いい子ね。交渉なんてね、テーブルにつく前に8割方決まってるの。でも無理やり襲いかからなかった今夜の君の自制心は本当に評価してるのよ。ジェントルだったわ」

オレ「顔、近いです。綺麗過ぎて抗えない。反則」

先輩「ありがと。ご不満みたいだから、ちゃんとキスしてあげようと思って」

オレ「早くちゃんとしてください」

先輩「ダメ。キスするのは挿れる時って決めてるの」

オレ「オレのは強制的に用意出来てるみたいですけど」

先輩「わ、奇遇ね。私もよ。相性良いのかな?ラッキー」

オレ「そんなのまだわかりません・・・って、それ擦り付けるのやめてもらえますか。さっきから気持ち良過ぎて意識が飛ぶんで」

先輩「あら、それは可哀想ね。じゃ、もっと飛ばしてあげよっかな」

視界一杯に濡れた黒髪が広がり、塞がれる唇。
あくまで優しく、何かを探すように。
堪らずに求めて舌を伸ばすが、かわされる。

<続く>