「いいんですよ。気にしないでください」

さすがは大人です。
このおじさんも見事なポーカーフェイスでした。
当たり前ですが、いやらしさなど微塵も感じさせません。
どう見たって人のいい親切なおじさんです。

「無理しないでくださいね」

どこまでもやさしい笑顔を向けてくれますが・・・。

PCMAX

(わかってるんだから)

こっちはすべてお見通しでした。

(私の恥ずかしいとこ・・・思いっきり覗き込んでたくせに)

心の中でそう思いつつも華奢な女の子を演じます。

「良かったですね、たいしたことなさそうで」

すぐそこの丸イスに腰かけたおじさんに・・・。

「すみませんでした」

まだ弱々しい感じの表情で微笑みを浮かべて見せます。

「貧血なんて子供のとき以来です。25歳にもなって恥ずかしい」

どうせわかるはずもありませんから、嘘に嘘を重ねます。

「お疲れだったんでしょう。のぼせたのかもしれませんね」

そこから、なんとなく世間話になりました。

「時間が終わっていたなんて知らなくて。私、子供の頃から銭湯ってあまり来たことなかったから、入らせてもらえて、すごく嬉しかったです」

微笑みを絶やさずに目を合わせて見つめてあげると・・・。

(やっぱり、ほら)

だんだんと、おじさんの表情が不自然に緩んできます。

(良かったね、おじさん。この子に、すっかり信用されちゃったね)

相手の反応を確かめながら目線の駆け引きを続けました。

「1人で、こんなに大きなお風呂。まるで貸切みたいでした。私、すごいラッキーですね」

「いえいえ、それは良かった」

思った通りに、おじさんの鼻の下が伸びてきます。

(単純だなあ。本当に女の子に弱いんだね)

すっかり気を許しているふりをする私・・・。

「壁に富士山の絵とか描いてあるわけじゃないんですね」

「うちは◯年に改装しましたから」

このときには、もう思い出していました。

(お風呂場にポーチを置きっぱなし)

私の心の中でむくむくと黒い雲が膨らんできます。

「うちのマンションはユニットバスだから脚を伸ばせないんです。いつも仕事の後とかに来られたら最高なのに」

(たぶん職業のことを聞かれる。田舎のおじさんに受けそうな職業は・・・)

「どんなお仕事をなさってるんですか?」

「え・・・あ・・・CAです」

一瞬わからないという顔をされて・・・。

「はい?」

聞き返されます。

「あ・・・キャビンアテン・・・」

とっさについた嘘だったのですが・・・。

「ああー、スチュワーデスさんね!」

CAさんというのが、このおじさんのツボにはまったみたいでした。
本当は嘘なのに。
私を見守るおじさんの眼差しが、明らかに興奮の色を帯びてきています。

「そうですか、スチュワーデスさんなんですねえ」

(恥ずかしい)

改めて顔をじろじろ見られていました。
なんだかすごくいやらしさを感じます。

恥ずかしいよ、おじさん。
・・・今、どんな気持ち?
・・・CAの裸を見れたと思って優越感でいっぱいなの?

最高のタイミングでした。

(今、このバスタオルを取ったら、恥ずかしすぎて死んじゃう)

私は変わらず無垢な女を演じ続けます。
ようやく体調が戻ってきたという感じで・・・。

「ふ・・・う」

ゆっくりベンチから立ちました。

「うちの近くにも、こういう銭湯があればいいのに」

ごく普通に会話を続けながら、自分の脱衣カゴの前へと歩いていきます。
丸イスに腰かけているおじさんとは4~5メートル離れたでしょうか。
カラダに巻いていたバスタオルを取りました。

「そうしたら毎日来ちゃうのになぁ」

ニコニコした顔でおじさんのほうを振り返ります。

(ひいい、恥ずかしい)

「都会は銭湯が減ってるって聞きますからねえ」

動いているのは口だけでした。
おじさんの目線があからさまに泳いでいます。

あ、あ、あ・・・隠したい。
恥ずかしい・・・。
見ないで。

私は、まったく気にする素振りをみせません。
相手は銭湯の人だからと、割り切っているふりをしていました。
もう生乾きになっている髪を改めてバスタオルで拭いて見せます。

「うちも来るのは常連ばかりだからねえ」

「そうなんですか?」

返事をしながらおじさんの正面を向きました。
内心では・・・。

(せめて胸だけ、お願い・・・。股だけでも隠させて・・・)

「じゃあ私なんか本当によそ者ですね」

ニコニコっと向けるこの笑顔は警戒心のなさの現れでした。
一糸まとわぬ立ち姿で、真正面からおじさんの視線を浴びています。
髪をもしゃもしゃ拭きながら・・・。

(ああん、だめ)

オールヌードの私を曝け出していました。
そして唐突に・・・。

「あ・・・」

動きを止めます。
たった今、初めて置き忘れに気づいたかのように・・・。

「そうだ・・・」

お風呂の方に顔を向けて見せました。
もう一度バスタオルをカラダに巻きます。
イメージは浮かんでいました。

ガガッ。

ガラス戸を開けて洗い場に入っていきます。

(ああ、おじさん、待っててね・・・もっとニヤニヤさせてあげるから)

すべて計算尽くでした。
適当に巻いたバスタオルは、わざと後ろでお尻を出してあります。
置きっぱなしになっていたポーチを拾い上げました。
ボックス型のチャックが開いたままです。
あえて閉じずにそのまま持ちました。
戻ろうと振り返ると、ガラス越しに目が合います。
私のことをずっと目で追っているおじさん・・・。
もうあの人にとって私は完全にCAです。

(待ってて)

わざと水びたしなところを通って足の裏を濡らします。
私が演じる、可憐なこの女の子に・・・。

(恥をかかせてあげる)

自虐的な気持ちを抑えられません。
ポーチの中でヘアピンケースを開けて・・・。

(ああ、早く)

そのまま逆さまにひっくり返しておきます。

ガガッ。

ガラス戸を開けて脱衣所に上がりました。
手に持ったポーチを掲げて・・・。

「忘れちゃうとこでした」

いたずらっぽく照れて見せる私・・・。
そのままわざと床に足を滑らせかけて・・・。

「きゃっ!!」

転びかけるふりをします。
実際には転ばずに持ちこたえますが・・・。
とっさに手から離して見せたポーチは・・・。

ガシャ!

真っ逆さまに落ちて床にひっくり返っていました。
クレンジングやシャンプーのミニボトルが床を滑っていきます。
狙い通りに・・・。

(よしっ!)

結構な数のヘアピンも床に散らばりました。

「・・・」

一瞬、絶句して見せた私・・・。
思わず、おじさんとお互いに顔を見合わせてしまいます。
自分でも信じられないというように・・・。

「すみません」

呆然と呟いて見せました。
慌てて足元の化粧水パックを拾い上げると・・・。

(来たっ)

釣られたようにおじさんが丸イスから腰を上げています。

「すみません、本当に」

シャンプーボトルを拾ってくれたおじさんに・・・。

「ありがとうございます。私、今日・・・ドジばっかり」

恥じらうようにはにかんでみせました。

「いえいえ」

手渡してくれるおじさんの鼻の下が伸びています。
本当に嬉しそうな顔・・・。
まだヘアピンが、あちこちに散らばっています。
一度、ポーチを床に置きました。

「仕事だったら、絶対ミスしないのに」

おじさんも拾うのを手伝おうとしてくれています。
私の斜め後ろにしゃがみ込んだのを横目に見届けました。
足もとのヘアピンに気をとられたふりをして・・・。
そのおじさんにさりげなく背を向けます。

「スチュワーデスさんのお仕事って大変なんでしょう?」

私はしゃがみませんでした。

「そうですね」

バスタオルが落ちないように片手で胸を押さえます。
立ったまま床のヘアピンに手を伸ばしていました。

「意外と動いている時間が長くて、意外と体力勝負なんです」

腰を屈めてピンを拾いながら・・・。

(やああん)

丸出しのお尻を後ろに突き出していました。
我ながら完全に確信犯でした。

(ああん、見て)

すぐ真後ろにしゃがむおじさんに・・・。

(ひいいい)

ちょうどお尻の穴が丸見えです。

「横柄なお客さんとかもいるんでしょ?ムッとすることも多いんじゃない?」

平らな床に落ちた細いヘアピンは、なかなか指で摘めません。
爪先に引っかからないピンに苦労しているふりをします。

「いますけど・・・いつも笑顔で乗り切ってます」

健気に答えて見せるこの女の子・・・。
おじさんに、このスチュワーデスさんの肛門を、目の当たりに見てもらいます。
最後の1本を拾い終えて振り向きました。
おじさんが自分で拾った分を差し出してくれます。

「ありがとうございます」

(ああ・・・だめ)

さすがにもう限界でした。
おずおずと脱衣カゴの前に戻ります。
ポーチをトートバッグの中に突っ込みました。

「どこの航空会社のスチュワーデスさん?」

尋ねてくるおじさんの目の奥に興奮が滲んでいます。

「・・・◯◯◯です」

適当に話を合わせながらバスタオルを外しました。
膝が震えそうになるのをこらえながら・・・。

(もうだめ、恥ずかしい)

ようやく下着を身に着けます。
私も必死でした。
最後まで笑顔の女の子を貫きます。

「本当にすみませんでした。色々迷惑をおかけしてしまって」

「どういたしまして」

何事もなかったかのように平然と服を着ながら・・・。

「またこっちに来ることがあったら・・・そのときはまた寄りますね」

唇を絞って口角を上げました。
本物のCAになりきったつもりで・・・。

(さようなら)

おじさんに最高の笑顔をプレゼントします。
逃げるような気持ちで建物を後にしていました。

(二度と来れない。来れるわけない)

込み上げてくる屈辱感に、ぶわっと視界が曇ります。
本気で泣きそうになりながら・・・辛うじて涙をこらえました。

(早く・・・うちに・・・)

オナニーしたくて全身がうずうずしています。
必死に我慢して車に乗り込みました。
事故を起こさないように慎重に、慎重に、雪道のハンドルを握ります。
自分の部屋のベッドまで・・・。
その瞬間を迎えるまでが、はてしなく長く遠く感じました。

<P.S.>
おじさんの言葉は、あえて標準語に直して書きました。
実際の言葉遣いはまったく違うのですが、私なりに色々考えてのことです。

それから・・・。
あのおじさんは全然悪い人じゃありません。
本当に親切で、すごくいい人でした。
私の書き方のせいで、ひどい人のようになってしまっていますがそうではありません。
私のほうが自分の都合で他人の気持ちを利用したのです。
それだけは書き添えておきたいと思います。

最後までお付き合いいただいてありがとうございました。