久しぶりに帰省してきました。
帰る前から、気持ちはすっかりあの場所に向いています。
今や帰省するたびにどうしても行きたくなってしまう、あの山の渓流・・・。
そして、色々な記憶が詰まった野天風呂・・・。
普段は東京で生活しながらも、過去の体験はいつも私の心にありました。
PCMAX

私が実家に顔を出せば、両親はいつも手放しに喜んでくれます。
それを帰省の口実にしてしまっているという、後ろめたさはありました。
実家に行くのが目的なのか、あそこを訪れたくて田舎に帰るのか・・・。
最近は自分でもよくわからなくなってきています。

荷物を整えて、まだ早朝のうちから実家を出発しました。
自分で車を運転して目的地に向かいます。
隣県の山奥を目指しますので、それなりの長時間ドライブでした。
でも、まったく苦ではありません。
私にとっては、もう慣れ親しんだとも言えるルートです。

国道を走らせて県境を越えました。
それでも、まだ目的地は遥か先です。
休憩を兼ねて途中でコンビニに寄りました。

コーヒーを口にして駐車場で伸びをします。
抜けるような空の青さに清々しい思いがしました。

(よーし)

私はただの会社員です。
せわしなく仕事に追われるばかりの汲々とする日々・・・。
でも、今日だけは違いました。

(あそこに行けば、きっと私は大胆になれる)
(真面目なだけの毎日から自分自身を解放できる)

他人の視線を感じながら、密かに恥じらうあの興奮・・・。
日常では味わえない刺激が、きっと私を待っています。

再び車に乗り込みました。
この辺りからは目に見えて通行量も減ってきます。
見覚えのある山の景色に変わってきていました。

(露出狂?)

・・・自分で自分をそんなふうに思ったことはありません。

(ドキドキしたいだけ。本当の私はまじめなんだから)

準備は万端でした。

(あそこに行ったら、ああやってこうやって・・・)

頭の中でのシミュレーションも、もう何度繰り返したかわかりません。
運転しながら窓を少し開けると、新鮮な空気が流れ込んできます。
目印となるキャンプ場を通過しました。
ここの風景を目にするのは昨年のGW以来です。
もうすぐでした。
目的地が近づくにつれ、気持ちが澄んでピュアな自分になっていくような気がします。

脇道になる林道へと車を乗り入れました。
のろのろと進んでいくうちに何度目かの分岐点が見えてきます。
ここを左折して進めば、森のあの渓流へ・・・。
直進すれば、野天温泉を目指す道路へとぶつかることになります。

いつも通り、渓流方面にハンドルを切りました。
鬱蒼とした森の中を進んでいきます。

(あっ)

行き止まりのひらけたスペースのところに、すでにスクーターが1台停めてありました。

(誰か来てる)

ちょっとだけ緊張しながら私も駐車します。
車から降りました。
トランクの中からボストンバッグと三脚を出します。
サンダルに履き替えました。
スクーターが1台だけ・・・。

(ということは、誰かが1人で来ている)

ナンバーはこのあたりの地元のもの・・・。

(釣りの人かな?)

いずれにしろ、たぶん男性の可能性が大です。

(チャンスがあるかも)

もちろん誰でもいいというわけではありません。
すべては相手のことを見極めてからです。

荷物を持って出発しました。
森の中の自然の細道を歩いていきます。
まだ10時前でした。

(でも、ついてる)

本来なら、なかなか人に巡り合えなくたっておかしくない場所なのです。

(どんな人だろ?)

1人で釣りに来ている人だとすれば・・・。

(年配の人かな?)

できれば害のなさそうな人で・・・。
気の弱そうな男の人・・・。

(可能性はある)

期待が膨らみます。
それでも気持ちはかなり慎重でした。
私にとって、ここの渓流だけが目的地のすべてではありません。
リスクの高そうな相手なら、回れ右をしてそのまま帰る・・・。
最初からそういう心づもりをしてきています。
自分の運を信じるしかありませんでした。

数分で渓流の音が聞こえてきました。
視界が開けて、目の前に川の景色が広がってきます。
すべてに神経を研ぎ澄ませました。

(どこかに人がいるはず)

その姿を探します。

(・・・いた)

向こうのほうで、絵を描いている人がいます。
岩場になっている辺りでした。
スケッチブックを台に立てて、風景に向き合っている男性が見えます。

(結構いい)

遠目ながらにも、それがわかりました。
いるとすれば、たぶん釣りのおじさんくらいだろうと予想していたところでしたが・・・。

(いいぞ)

正直、期待していた以上の展開かもしれません。

(やっぱり今日の私はついてる)

辺りに他の人の気配はありませんでした。

「ふうー」

自然に深呼吸していました。
今、着いたところなのに、来てみたら、いきなり舞台が整っています。
場所もいい。
私が狙っていた場所からの位置関係も申し分ありません。

(冷静にね)

意識的に、自分の気持ちを落ち着かせていました。
五感のアンテナを張り巡らせて、状況を再確認します。

(大丈夫・・・とりあえず行ってみよう)

相手は、まだ私の存在に気づいていません。
心の奥底から湧きあがってくる高揚感を抑えきれませんでした。
経験上、私は知っています。
こういうことは運とタイミングこそがすべてなのです。
気持ちが演技モードに切り替わるのを自分で感じていました。
日頃の積もり積もった嫌なことが、嘘のように頭の中から消えていきます。
同時に・・・この瞬間からが緊張感との戦いでした。
決して、警戒心は緩めません。

砂利だらけの川べりを、上流側へと歩いていきます。
だんだんと岩場に変わってくるあたりでした。
ようやく私のことに気づいたようです。
『ん?』という顔で、その男の子がこっちを振り返っていました。

(若い)

たぶん大学生くらいです。
彼がいるほうへと近づきながら私は観察していました。
ひとまず外見の印象から、できるだけ相手のことを見極めます。

(いいかも)

こう言っては失礼ですが、“野暮ったい雰囲気”というのが最初の印象でした。
あの戸惑い顔といい・・・。
何度か合いかけた目線を外されてしまう感じといい・・・。
人見知りするタイプなのが手に取るようにわかります。
そう・・・わかるのです。
私だって本当は臆病で人見知りする性格だから・・・。

小さな岩をよけて歩きながら考えていました。

(どんな女を演技する?)

みるみるうちに彼との距離が近づいてきます。
様子を見るためにも・・・。

(ここはちょっとクールな感じのほうがいい?)

自分から挨拶をしました。

「こんにちは」

そのまま無表情で男の子の後ろを通り過ぎようとします。

「こ・・・こんにちは」

彼が振り向いて返事をしてくれました。
その彼に、「どうも」と、私は素っ気ない視線を合わせます。
そして・・・それとなく目線を動かしました。
スケッチブックに目が留まったふりをします。
行きかけていた足を、その場で止めました。

「お上手ですね」

私は初めて、ちょっとにこっとして見せます。
鉛筆描きの風景画でした。
上手なのかどうなのかは、本当は私にはわかりません。
でも・・・。

「は・・・はあ」

彼は照れた顔をしていました。
椅子代わりの小岩に腰かけたまま、私を見上げて固まっています。

私は、はっきり感じていました。
これでも・・・外見の容姿にだけは多少の自信がある私です。
自分でこんなことを書くのはおこがましいのですが・・・。
この男の子が、私の顔に見惚れてくれているのがわかります。
心の中で『きれいな人だな』・・・と、彼がそう思ってくれていることを、その視線から見抜いていました。
でも、そんなことはおくびにも出さずに・・・。

「趣味で描かれているんですか?」

私はさらっと尋ねます。

「あ、あの・・・サークルの課題で」

やはり大学生のようでした。
大丈夫・・・。
この受け答えの雰囲気・・・。
明らかに内向的なタイプの子です。
もう確信していました。

(この子なら大丈夫)

「サークル?」

「あ、はい・・・本当は◯大生なんですけど、サークルだけ、◯◯美大のに入ってます」

「美大のサークルなんだ・・・すごいなあ」

尊敬の眼差しを向けてあげると・・・。

「・・・」

恥ずかしそうに目を逸らされてしまいます。

(問題ない。この子なら危なくない)

私は彼の反応を試そうとしていました。

「私、こういう絵、好きです」

足元に荷物を置いて近づきます。
腰かけていた美大くんが、場所を開けるように立ち上がってくれました。

「近くで見ると結構繊細なんですね」

台に立てられたスケッチブックに顔を近づけます。
自然に前屈みになっていました。
ネックラインの広いチュニックが首元で大きく口を開けてしまいます。

「ふーん、鉛筆だけなのに・・・こんなに明暗がつくんですね」

さすがは男の子です。
さりげなく覗きこんできていました。
“偶然”にも、目の前でぽっかり開いたお姉さんの首元・・・。
視線を落とせば、胸にまとったブラのカップが丸見えです。
私は何も気づいていないふりをしていました。
あくまでも自然体を装います。

「これから色をつけるんですか?」

姿勢を元に戻しました。

「あ、いえ・・・これは◯△×なんで」

私の顔を見つめてくる美大くん・・・。
ようやく、まともに目を合わせてくれています。
服の中の胸元が見えた・・・。
たったそれだけのことなのに、よっぽど嬉しかったのでしょうか。
彼の表情に『ラッキー感』が滲み出ていました。

(すごくいい)

相手として申し分ありません。
私は、元のクールな顔に戻ります。
自分の荷物を手に取りました。

「ごめんね、お邪魔しました」

口元だけで、軽く微笑んでみせます。
行こうとする私のバッグを見ながら、美大くんが不思議そうな目をしていました。
こんなところに来るには、いかにも場違いなボストンバッグです。
その視線に気づいたかのように・・・。

「・・・ああ、これ?ちょっと仕事用に・・・ね」

曖昧にほのめかしました。

「私、向こうで写真を撮ってますけど、気にしないでくださいね」

あえて余計なことは言わずに、その場を後にします。
目的の『大岩』は、もうあそこに見えていました。
川岸の狭くなった岩場を歩いていきます。

(イメージ通りにやれば、きっとできる)

私は、ここの岩場をよく知っていました。
もう5年くらい前でしょうか。
あの大岩の裏で、小学生に恥ずかしい姿を覗かれたことがあるからです。

「はあ・・・はあ・・・」

息を切らしながら岩場を歩いて、ちょっと開けた場所に出ました。
大岩の手前の平坦なスペースです。

(よし、ここでいい)

荷物を置きました。
美大くんとの距離は・・・たぶん70~80mくらいでしょうか。
彼からも見える位置に三脚をセットしました。

(悪くない)

演技するのにも、いい距離感です。
私はさりげなく確認していました。
遥か向こうから、美大くんがこっちの様子を眺めているのが見えます。

ボストンバッグからデジカメを出しました。
カメラも三脚も、この前のボーナスで買ったものです。
セッティングをはじめました。
カメラを三脚に取り付けます。
雰囲気を出すために、すべてフラッシュが焚かれるようにしておきました。
そもそも、いい写真を撮るのが目的ではありません。
ピントも光量も適当でかまいませんでした。
カメラに向けて、リモコンのボタンを押してみます。

バシャ。

フラッシュが光りました。
手のひらの中に納まる小さなリモコンです。
押してから5秒後に撮影されるように設定してありました。
カメラの前に立って、軽くポーズをとってみます。

バシャ・・・バシャ・・・バシャ・・・。

何枚か、試し撮りをするふりをしました。
ちゃんと撮った画像を確かめるふりも忘れません。

(よし)

カメラと三脚はそのままにボストンバッグだけを持ちました。
大岩の裏側へまわります。
そこは、ちょっとしたスペースになっています。
カタカナの『コ』の字のように、三方を岩に囲まれている場所でした。
下流側に対しての目隠しになってくれている、一番の『大岩』。
背後の森側を塞いでいる『青岩』。
上流側を守ってくれる、平べったい『低岩』。
それぞれの岩は、お互いにくっついているわけではありません。
間の部分は隙間だらけです。
よく憶えていました。
なんだか妙に懐かしさが込み上げてきます。

地べたにボストンバッグを置きました。
着ていたチュニックとジーンズを脱いで下着姿になります。
バッグの中身は、ほとんどが服でした。
白のワンピースを取り出します。
頭の中で最後のシミュレートをしていました。
岩の隙間の位置を確認しながらワンピを身に着けます。

(できる)

気持ちを昂ぶらせました。

(私は悪くない。別に後ろめたいことをしてるわけじゃない・・・)

『コ』の字のスペースから外に出ます。
さっきの服装とは違う、ワンピ姿で川べりに現れてみせました。

(よし、見てる)

美大くんがこっちに注目しているのがわかります。
遥か遠くにいる彼の存在・・・。
私はまったく気にしていないふりをしました。
カメラの前に立って、ポーズをとります。
リモコンを使って、・・・バシャ・・・。
セルフポートレイトの撮影をはじめました。
ファッションモデルのように気取ったポーズで・・・バシャ・・・バシャ・・・。
1枚、1枚、丁寧に写真を撮っていきます。

10分くらいかけて撮影したでしょうか。
色々なポーズをつけて何枚かの写真を撮りました。

(そろそろ次かな)

淡々と仕事をこなしている演技をします。
まったく意識していないふりをして・・・あっちにいる美大くんの様子に神経を集中していました。
彼はずっとこっちを眺めています。
遠すぎて表情までは読み取れませんでした。

(動かない)

さすがに、まだ変化の兆しは見えません。
焦りはありませんでした。

(まだ始めたばかり)

あの子が、私に興味を持ってくれているのはわかっています。
小岩にリモコンを置きました。
一度カメラの電源を切って、また大岩の裏へ戻ります。
裏に入った途端・・・。

(ドキドキドキドキ)

心臓の鼓動が胸を打ちはじめました。
無意識に、ものすごく緊張していた自分に気づかされます。
白ワンピを脱ぎました。

(大丈夫)

ここまでは、すべてうまくいっています。
バッグからブラウスとスカートを出しました。
手早く着替えます。
岩の間から、彼がいる下流のほうを覗いてみました。
美大くんは、じっとこっちを見ています。

(やっぱり気にしてる)

仕事と言って、自分のポートレイトを撮影しているお姉さん・・・。
私の容姿も、さっきあれだけアピール済みです。
なんのモデル?
雑誌・・・?
それとも何かのブログ用?
そんなふうに、きっと興味津々になっているはずでした。

(よし、行こう)

大岩を回り込んで表に出ます。
また違う服装で現れたお姉さん・・・。
それは、このお姉さんがこっちの岩陰を『着替え場所』にしているということを意味しています。
さっきと同じ要領でした。
カメラの電源を入れてから定位置についてみせます。

バシャ・・・。

1人で撮影をはじめました。
何枚かごとに少しポーズを変えます。

バシャ・・・。

(あ・・・動いた)

美大くんがスケッチ道具を片付けはじめているのが見えました。

(急いで片付けてる)

胸が躍るとは、こういう気持ちのことを言うのでしょうか。

バシャ・・・。

淡々と撮影を続けながら、心の中でガッツポーズが止まりませんでした。
荷物をまとめた美大くんが、あの細道から帰っていきます。
私は、まったく目に入っていないふりをしていました。
さっき、あの子と別れたあの瞬間から・・・彼の存在は、もうこのお姉さんの眼中にはないのです。

(帰るわけない。絶対に来る)

あんなに慌てて片付けていた時点で、すべてお見通しでした。
おそらく彼は突き動かされたのです。
あのキレイなお姉さんが、『この大岩の裏を着替え場所にしている』ことを知ったから。

(絶対来る、覗きに来る)

私は変わらずに・・・バシャ・・・バシャ・・・と撮影を続けました。

(きっと目立たないように、森の側から回り込んでくるはず)

それも最初から計算済みでした。

(ドキドキ)

大回りして近づいてくるとしても・・・5分も待てば十分のはずです。

・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。

次々にポーズを変えて、気取った写真を撮っていました。
川のせせらぎや、そよ風にざわつく木々・・・。
そんな森の音が溢れる中でもまったく気配を出さずに、岩場に近づいて来るなんて絶対に不可能です。

(あ、かすかな違和感・・・気配が・・・聞こえた?)

・・・バシャ・・・。
・・・バシャ・・・。

ひと息つくようにカメラに近づいて、画像をチェックしているふりをします。

(いる・・・来てる・・・ドキドキ)

私が望んでいたシチュエーションが、もう手の届くところまで来ています。

<続く>