-----妻の最後の手紙----

あの日、貴方が玄関口で倒れた時、私は救急車の中で貴方が言った「愛している」という言葉を聞き、初めて貴方に「愛している」と言われた時のことを思い出していました。
私が忘れていた気持ちを取り戻した時、私の前に広がっている絶望の淵に気がつき、自分の過ちを・・・どこで間違ったのかを、気がついたのかもしれません。
私の人生が狂ったのは、決してホテルで乱暴されたからでは無いのです。
私は私自身で貴方を裏切ることを選んだ時から、貴方に平気で嘘をつける人間になってしまった。
貴方には謝っても謝り切れないほど酷いことをしました。
もう元には戻れません。
貴方の人生にご多幸があらんことを。

諒子

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手紙には離婚届が同封されていました。
私は何も言えず、ただ妻のことを考えていました。

「それでも私は妻を愛しているのだろうか」と、幾度も自問自答しました。

妻を取り戻したい、私の妻は諒子だけだ。
何度考えてもそう思えました。
私は何としても妻に会うべく義両親に「妻に会わせてくれ」と詰め寄りました。

最初、妻の両親は答えをはぐらかし、妻の居場所を教えようとはしませんでした。

「なら何としても調べてやる。興信所を使っても。妻の手紙から大体の場所は分かってるんだ。このまま離婚なんて納得できるか!」

・・・と、私は言い、義父兄の住所が分かるものを調べ始めました。
義父が止めるのも聞かず、電話帳を調べ、はがきを調べ、義父兄の住所が分かると、とうとう義両親も観念したようだった。

肩を落としながら義父が、
「勇君・・・すまないあの子は今兄のところにはいない」
「どういうことですか!?今諒子はどこに?」

私の剣幕に義母が驚き、

「勇さん、諒子は・・・」

・・・というと義父が義母を制し、

「あの子の行き先はおそらくあの男のところだろうと思う」
「あの男?店長のことか!?」
「そうだ・・・あの男は、すまない私達が馬鹿だったんだ。私達があの男の脅しに乗ってしまったばっかりに・・・」
「脅し?」
「私はあの子のことを思ってあの男と話をつけ様とした。このままあの男に証拠を握られたままでは、諒子は君のところへ戻れない、だから私はあの男に金を・・・」
「お父さんまさか・・・」
「あんな卑劣な男がいるなんて・・・」
「お父さん落ち着いて事情を話してください」

「私はあの男を探し出し一切関わらないことを約束してくれと話に言ったんだ。こちらから訴えないことと引き換えにと。そうしたらあの男は『訴えるのはあなた達ではなく旦那さんでしょう?そうですね旦那さんに訴えられたら仕方ないでしょう。でも旦那さんこのこと知ってるんですか?知らないなら気の毒だから俺が教えてあげようかな』と、あの子の卑猥な写真を取り出し『これがいいな・・・教えるだけじゃ信憑性無いから、これも一緒に送ることにしよう』と言うのだ。私がそれだけはやめてくれ!と頼むと、金を要求され仕方なく・・・」

「何故!何故ですか!私に相談してくれればこんなことには・・・」
「もうこれ以上あの子を傷つけたくなかったんだ!」
「いくらです・・・全部で」
「積もり積もって500万ほど・・・」
「1回じゃなかったんですね?でも何でそれが諒子がいなくなる理由に?」
「あの子は知ってしまったんだ私達が脅されているのを・・・。それで私に隠れてあの男のところへ会いに行ってしまった。そしてまた隠れてあの男と会っていたんだ・・・私達は元気を取り戻したと思っていて・・・兄の店で手伝いをしていたからまったく疑ってなかった。まさか夜に抜け出して会っているなんて・・・そして気がついたらあの子は妊娠を・・・」

「何ですって!?」

私は目の前が真っ暗になるのを感じていました。
義父は呆然とする私に語りだしました。

「1年前あの子は本当に抜け殻みたいだった。やっと少しずつ元に戻り始めたのに・・・あの男がいる限り、あの子は君の元には戻れないんだ。あの子は心底後悔していた。ずっと自分を責めて・・・私はそんなあの子を救ってやりたかった」

重苦しい沈黙の中、私はふつふつと湧き上がる黒い感情を抑えることは出来なかった。

「お父さん・・・あの男は今どこにいるんですか?」
「勇君もう止めてくれ・・・あの子のことは・・・」
「うるさい!諒子は私の妻だ!あなた達がもっと早く私に相談していれば、こんなことにはならなかったはずだ!諒子は、あの男は今どこにいるんですか!?」

私は怒りに心を支配されていました。
そして義父から無理やりあの男の居場所を聞くと、私は会社に一週間の休みを申請し、あの男『黒澤勇』のところへ向かうのです。

黒澤の転勤場所は我が家から車で3時間ほどのところで、義父の兄の所からは1時間ほどのところでした。
私は真っ先に黒澤が勤めている店に行き、敵の顔を始めて確認した時、生まれて初めて人の命を奪いたい衝動に駆られました。

いつも死を隣に感じてきた私です。
私は人の死をも自らに投影し、死というものをずっと恐れてきました。
しかし、あの男だけはあの男だけは別なのです。
私の大切な物、ずっと失いたくないものを奪っていった男。
私は焦る気持ちを押さえ、黒澤が店にいることを確認すると、諒子がいるはずの家、黒澤と諒子が暮らしているはずの家に向かいました。

黒澤の家はごく平凡なマンションの4階でオートロックも無く、進入するのは容易でした。
しかし、私は直前になって怖気ずいていました。

諒子は私を選んでくれるのだろうか?
ひょっとして黒澤を愛してしまっているのではないか?

それに子供のことも気になります。
義父の話からだとまだ3ヶ月にはなっていないはずで、私は堕ろしているはずだと思っていても、心のどこかではまだ不安なのです。

部屋に諒子がいるのかどうか確認は出来ませんでした。
私は道を挟んだところにある喫茶店でじっとマンションの方を見ながら、黒澤が帰ってくるのを待っていました。

1時間ほど外を見ているとずいぶんと露出の高い服を着た女性がマンションのほうへと歩いてきました。
何となしに女性を見ていましたが、近づいてくるにつれ、その女性が誰か分かったのです。

間違いなく諒子でした。

-未完-